2021年12月15日水曜日

大腸憩室止血が最短で終わった

最近内視鏡検査が多いのは、胃や大腸の検診結果が地域住民に届く時期からなのだが、下血患者が多いせいもある。この時期、虚血性大腸炎、大腸憩室出血など増える印象だ。

昨日の当直のコジロDrから「先生、お願いします」と言われた患者さんは70代女性で、下血のくり返しがあるとのことで未明に救急入院になっていた。腹部CTでは大腸憩室が写っていてそこからの出血でなかろうかとのことだ。それならば私が専門だ。主治医を引き受け絶食点滴にして、夕方に大腸内視鏡を予定した。実は昨日も東洋Drから「下血でほぼ間違いなく大腸憩室出血の患者さん」を大腸内視鏡依頼され、緊急ゆえ前処置なしで実施し、確かにそのとおりも、出血源憩室は特定できずに終わっていた。

また昨日のようにならなければいいがー。ただ、今度はしっかり前処置を行っての検査だから出血源特定の期待が持てるか。そんなつもりで挿入していったら、なんと一発で出血源が分かった。上行結腸を観察中に一つだけ凝血付着のある憩室があった。「お!これは」と近づいて送水してみると紛れもない露出血管が憩室内にある。↓参照。


「なんてラッキー!」これは患者さんも私たちもみんなラッキーだ。憩室出血ではその出血源が分かるか否かがすべての分かれ目。分かれば治療はスムーズに行くしその後も安心だが、分からなければ絶食点滴安静くらいしか方法がなく、常に再発の危険性(実際かなりある)が残る。

出血源分かれば後はお手の物で、クリップで露出血管を仮に止め、その後スコープを入れ直し、内視鏡室的にゴムバンド結紮法(EBL)を実施した。これをすれば再発はほぼ100%なくなる。最初の挿入から全て終わるまで25分くらいで終了した。憩室出血の結紮治療では最短の時間といってもいい。

矢印↓が憩室ごと結紮したゴムバンド。

あまりにもうまくいったので、この患者さん前世でなにかいいことでもしたのか?とさえ思った。こういうことがあると検査を行う側も元気が出るというもの。内視鏡室検査医冥利につきるってネ。

2021年12月14日火曜日

ゲンちゃんはなぜに上目づかいをする

年賀状はゲンちゃんのポーズ撮りが難しい。立ってもらって面白い表情ならもんくないのだがー。ソファにお座りゲンちゃんに対し、カールが気を引いて上目使いにしてくれてちょっとは可愛く見られるようになった。

う〜む、でも満足いく年賀状画像にはまだ何か足りないな。あ、でも眠い。このところ検査も外来も忙しくて年賀状作りにしっかり向き合えない。またしても椅子寝してしまい未明に起きるも日記書きがせいぜいだった。12月は毎年こんな感じだぁ。

朝方、自動給餌器はわずか10gしかエサを上げてくれない。ゲンちゃんは食べてもすぐに「まだエサはないの?」と私にアピールする。確かにそれだけでは少なすぎると分かっている。でもネ、ゲンちゃん。これはダイエットのためなの。以前は30g+30gも与えていてそれで肥満体になった。動物病院の先生にも叱られたのよ。10g+20gの半量にして少し痩せてきてこの前は褒められたでしょ。まだまだガマンガマン。

↓こんな感じでいつも私を見つめるのだ。
そして皿を見る。

見つめれど見つめれど わが胃袋満たされず ぢっと皿を見る(源之丞)

2021年12月13日月曜日

ノイズ無きイヤホンは・・

病院の総務から聞いた話、4月から入職するかもしれない東京の内視鏡医は結局来ないということになっていたそうだ。げげー、病院訪問して来た時にはいい感触だったけどー。残念。内視鏡医にとってすごく働きやすいいい病院なんだがな〜。求む、内視鏡医!

12月2日に購入したノイズキャンセリグイヤホンAnker Soundcore Liberty Air 2 Proをちょくちょく使っている。なかなか快適でアップルのMusicでプレイリスト作成したマイフェイバリットソングスもまたよく聴くようになった。イヤホンがセパレート型になってこちらの方が紐の煩わしさがなくていいと思った。以前は一方を無くしそうでこのタイプは敬遠していたのだが・・。一昨日のしんどかどDrのフレンチへ行く際、中央駅までのバスの中では乗って来る若者は大半がイヤホンを付けていた。スマホに入った音楽を聴いているのだろう。私もそうだ。バスに新幹線と退屈することなく過ごせたのだった。まだ若いゾ。
夜はイヤホンを付けたまま、ネットで麻雀のMリーグを観戦していた。外界から遮断され、プロの真剣勝負の息づかいを堪能する、それはそれで良かったのだがいつのまにかぐっすりと・・。その夜書くべきフレンチプレオープンのネタを一行も書かずまま寝入ってしまい、翌朝大慌てする羽目になるのだった。

2021年12月12日日曜日

ラス目に起きた奇跡

日曜はほぼ1日家の中にいた。そろそろ年賀状作りもしないといけないと思いつつダラダラ過ごした。年賀状は裏面に使う写真1枚を候補に上げ 、どうにかそれを元にコラージュ出来ないかなと考えた。ううむ、イマイチかなぁ。その前にフォトショップを使用するためにネットで申し込みをしなくては。去年もそうしてこれが毎年恒例になりそうだ。

天鳳は調子は良くも悪くもあり。ただちょっと面白かったのが三家和(サンチャホウ)があったこと。私の上家は持ち点0となってダントツビリの状態だった。しかもオーラスだ。役満でも上がらないかぎりどうにもならない。そんな手が簡単にできるはずもなく、トップ争いの親が連荘して自分も聴牌し聴牌料をもらうくらいしかやることがない。私はかなりのトップ目で自分が上がればベストだが、誰かが安い手でツモ上がりしてもラス目がドボンになりそこで終了OKだ。

南ドラ2で3、6万待ちという手頃な手を聴牌しじっと当たり牌が出るのを待った。すると、出たよ、ラス目が出しよった。当然、「ロン」ボタンをクリックした。これで終わりだな・・。「ロン!」「ロン!」「ロン!」え??↓がラス目放銃直前の場面。

お分かりになるだろうか。何と、対面も下家も同時にロン!。三家和である。↓。

麻雀の特殊ルールで「三家和」は流れ、その局はなかったことになる。本来なら親マン12000、子の3900,3900と2万点もの失点になるところだった。ラス目さん、超危険牌を振ったにも関わらず点棒を払うことなく済ませられた。ラッキーだ。こんな場面、年に一度もない。

私が記憶するかぎりではずっと前、サブアラドが私の親マンリーチの5、8万に8万を振って、「よし、親マン」と思ったのに、それが三家和で「はあ?」となったことがあった。それで息を吹き返したサブアラドに対し私はトップになるはずがラスに落ちていった苦い思い出だ。このラス目さんもこれがきっかけで盛り返せるか?しかし上の点数経過表にもあるとおり、対面が上がってラスのままだった。私はかろうじてトップ死守した。

奇跡を見た直後に一瞬、復活の夢を見たかな、ラス目さん。麻雀にはとんでもない大逆転がたまにあるが、こうして現実を見せられることも多々ある。人生も麻雀もキビシイね!

2021年12月11日土曜日

メディカルフレンチ「La Samia」プレオープン

今年10月8日に日記ネタにした「新屋信幸」 シェフの週末レストラン「La Samia」のプレオープンがあり、カールとさつま川内のしんどかどDrのクリニックへ出かけた。(↓にその日の日記を抜粋

しんどかどDrが「フレンチの新屋信幸って知ってるか。ネットでもすぐに検索ヒットするくらい名が知れたシェフなんだがうちの病院に来てもらっているんだ」という。すぐに検索すると「新屋信幸:プロフィール 1959年大阪生まれ。16歳で料理の道に進み、国内のフレンチレストランで修業を重ねたのち27歳で渡仏。ミシュラン三ツ星シェフのピエール・ガニェール氏の下で修業を積む。帰国後は、【オーバカナル原宿】のスーシェフ、【ブルーノート東京】のシェフを務め、41歳の時に大阪・日本橋に【キュイエール】のオーナーシェフとして独立。予約の取れない超人気店となる。独創的な料理論に、料理人のファンも多い。2020年11月、医療法人くすのき会にFood Directorとして入職。現在、入院患者様、通所リハビリテーションの利用者様の食事に、腕を振るっている」とあった。奥さんが鹿児島の人らしくしんどかどDrと縁があったらしい。

「オレはあんましコース料理なんて食べに行くタイプじゃないからよく知らなかったが、彼の作る料理は違う。素材を大事にしてそれを活かす料理で、デザートもパンも作るのがうまいんだ。それでそのまま院内だけに披露するのはもったいないから、近々『週末レストラン』ってのをやろうと思っている」と言ってきた。「メディカルフレンチ」と銘打ってスタッフは全員彼のクリニックの職員で院内の大きなスペースを改造して予約限定で人数も16名限定のフレンチ料理を振る舞う機会を設けるそうだ。私にもぜひ来て欲しいという。ほうほう、それは人気出そう。カールといっしょに絶対行きたいわ。

新幹線でさつま川内駅に着くと、スタッフがワゴン車で迎えに来てくれていた。店に入ると厨房を通過した先の2階にあり、確か以前「並みの人生では満足出来ない人の会」で使われていたスペースだ。今夜招待されている人たちを見ると半分くらいはその会で見かけたことのある人たちだった。少し違うのは私も含めてペアで参加していること。今夜はこれが大きかったねー。私の両隣はバスケ部仲間で同級生のアップリバDrと奥様に生命保険の元は通るさん夫妻でカールもお酒もあってかアクリル板があってもよくしゃべりいつもよりもさらに楽しい雰囲気になった。

メニューは地域や新屋シェフが持つネットワークを活かした食材を使ってものでメニュー表はシェフ手書きのものだった。ホームページはこちら→http://www.la-samia.co.jp
そして飲み物はワインを始め本格的なものがたくさん。カールは白ワイン2種、赤ワイン、キリンハートランドと味わい尽くしていたナ。元は通る夫妻もよく飲まれるとのことで「うちは食事に行く時はじゃんけんをするんです。で、負けた方が運転手・・なんですよ」「えーそうですか、うちはこちら」と私の方に手を向け「運転手」と。これには二人とも「いいなー」と声を上げていた。えへへ、今日は運転手じゃーありませんよ。ところで、隣の元は通る妻さんは無論初めてお目に掛かるのだが、いきなり私は「あのー、NHKの朝ドラ『カムカムエブリバディ』で女中さんをやってらっしゃる方ですよねぇ。ちょっと今、不穏な空気を醸し出してませんか」と語りかけた。いったい何を言うという顔をされるかとも思ったが「ええ」とボケに対して受けてくれたのは良かった。彼女を見てタレントで女優の岡田結実に似ていると思ったからだ。4人のお子さんの母で、聞けば釣りが趣味で最近は息子にもその楽しさを教えこんでいるとか。
隣のアップリバDrとはよもやま話をしていると、「何、雉子蔵Drが亡くなったって?!」と驚いていた。去年早々に癌で亡くなっているのだが、その直後からのコロナ禍で情報が伝播されにくくなったからかも。逆に私が少し驚いたのは亡くなる半年前まで「子どものためにもまだまだ頑張らなくては」とアップリバDrのクリニックでの仕事も画策していたことだ。それは叶わなかったが「いっしょに食事もしたりして体調が悪いなんて全く気づかなかった」そうで、ということはやはり自分の病状に気づいていなかったんだな。

メインディッシュは魚と若鶏のもも肉で魚はなんとそれぞれが違ったもので私はアラカブ、カールはオジサン、その他シマアジ、ヒラメなど他にもきっと違った魚があったはず。さらにランド産フォアグラは本格的で美味しかった。料理の写真、ちょっと上手く撮れていないのがあってさっきのホームページのプレオープンのところを参照→http://www.la-samia.co.jp/news/グランドオープンにむけてプレオープン中/

しんどかどDrや新屋シェフも挨拶をしていて、元はと言えばしんどかどDrが住・空間研究所「善太いる」さんとフランス料理を食事した時に挨拶に来たシェフが新屋さんだったそうで、そこから1年に1回くらい食事の指導にしんどかどクリニックに来てもらったのがきっかけだったとのことだ。1年前からクリニックの食事を作ってもらうことになったが内輪だけにしておくのはもったいないからと週末レストランを開くことにしたと。うーむ、しんどかどって人の輪が広がるタイプなんだよな。医者の中ではまさに開業医に向いている。うちの可愛いんだ理事長もそうだし、以前青雲会病院に勤務して今は鹿児島市内に医院継承して頑張っているブックリバーDrもそのタイプだ。趣味やレジャーを通じて付き合いが広がっていき、それがまた仕事に活かされるんだ。

カールが「ここのスタッフは新屋シェフ以外はクリニックの職員なのね。副院長のオポサイト君はリハビリが専門だというのにしっかりお店の仕事をしてすごいわ」と感心していた。で、「このビジネスモデルがすごい」というしんどかどDrの医療法人くすのき会が紹介された本を「私も欲しい」とねだった。実はその本はすでに私が2年前にもらっているのだが病院医局に置いていてカールは知らなかったのだ。
さっそく読んで人材ではなく「人財」として人を育てていくという内容にまたまた感心していた。そして「今日はとっても良かったわ」としんどかどDrと新屋シェフに感謝し「それもこれもこてる先生が知り合いだったおかげ」と私の株まで上がった。カールとしんどかどDrは実質初対面↓。帰りに新屋シェフと↓。

帰りの新幹線ではカールの足取りがアルコールのせいか少しおぼつかなくちょっと気を遣った。「食事だけでなくお酒も美味しかった」とここぞとばかりに飲みまくったからだろ。私もほんの少し飲んだので帰りは運転はせずにタクシーで。23時過ぎには無事自宅に帰り着いたのだった。

2021年12月10日金曜日

アセトン血性嘔吐症ですよ、この患者さん

一昨日のこと、午後に近隣のSayLoveClinicから患者さんの紹介を受けた。まだ20代の男性で腹痛、嘔吐がこの10日ほど収まっていないという。一時症状は軽快するも昨日から悪化し、仕事で運転していたさつま川内のクリニックを受診したが特に検査で目立つ異常なしだったという。SayLoveClinic再診でも診察、採血、腹部エコー、腹部CTなど実施するもこれが原因と思しき所見がないとのことだ。困ったおせち院長は私に「こうなれば腹部造影CTでも・・」と依頼して来たのだった。

うちでもまずは採血をチェックし、点滴もつないだ。すぐにCTを行うには私が忙しく、しばし待機してもらった。後で患者さんを診察し、採血結果がまったく異常ないのを確認したところで、私も「はて?」となった。虫垂炎や胆石でないのはほぼ間違いなく他に若い男性が腹痛、嘔吐を起こす病気は何かな・・。本人と話をしているうちに昨日のクリニックでの検尿で「ケトンが陽性だった」との情報を得た。ケトンだって?糖分を利用出来ない1型糖尿病の患者さんにはたまにあるが、だとしたらもっと重症感があるはず。子どもに多いアセトン血性嘔吐症(自家中毒とも言う)か?で、検尿を調べるとケトン体(アセトン)が3+もあった。これはー。

子どもは肝臓の糖の蓄えが少なく、糖が足りなくなると、体は栄養源として脂肪を分解しその結果、ケトン体という代謝物が出てくる。ケトン体は酸性なので、血液は酸性に傾き、吐き気、腹痛などの症状が生じ、この状態をアセトン血性嘔吐症という。聞けばこの男性はここしばらくあまり物を食べていなかったそうだ。昨夜は何度も嘔吐したとも。この病気の症状にぴったしだ。そこで最初の点滴に続いて糖分の多い点滴を追加し、家でも水分と糖分を取るよう指導し帰宅させた。紹介したおせちDrにも一言連絡しておこうと思ったが、往診に出かけるとか言っていた。ま、返書書いて郵送しておこう。
以上で一段落したかと思っていた。しかし昨日、やはり腹痛嘔吐が治まらないと来院し、入院することになって、私が当然主治医になるはずが、どうにも忙しく東洋Drに頼んだ。東洋Drは「点滴をしておけばよくなるでしょ」と軽く引き受けてくれたのだった。うーん、1日も経てば治ると思ったのだがなー。だがその夜当直の貴文Drは男性が痛みを強く訴えるため呼ばれたらしい。ま、痛み止めで落ち着いたのは良かったが、これは一度内視鏡をしなくてはと主治医の東洋Drが昼前になって施行すると・・。

なんと、立派な十二指腸潰瘍があったのだった。その結果に東洋Drも私もあきれ、苦笑いをするしかなかった。普通に考えれば真っ先にこの病気を考えても良さそうなのにー。紹介したおせちDrも私も東洋Drもなぜかこの病気を無意識に外していたのだ。昔、といっても2、30年前までは若者には十二指腸潰瘍はよくある病気で特に珍しくなかった。実は十二指腸潰瘍をくり返す人はほとんどピロリ菌を持っていて除菌をするとピタッと出なくなる。しかし最近の20代はピロリ菌陽性者は5%くらいのもので当然十二指腸潰瘍も見なくなっていた。

夕方、おせちDrから電話があった。私の返書が届いたらしい。「いやー(アセトン血性嘔吐症とは)気づきませんでした」だったが、私は頭かきかき「だよなー、なかなかその診断には気づきにくいよな。ま、確かにアセトン血性嘔吐はあったけど、実はその後入院して調べると十二指腸潰瘍があったのよ」と言うと「へ?」とおせち君。彼も私も消化器の専門医だ。なんで基本的な病気である十二指腸潰瘍を思いつかなかったのか。一つはこの患者さんが午後にばかり受診していて内視鏡を組むことが出来なかったこと(今の時期、内視鏡検査予約がいっぱいだったこともある)、エコーやCTでは十二指腸潰瘍は診断しづらいこと、鎮痛剤も飲んでおらずピロリ菌も陰性だったこと(どちらも潰瘍を誘発しやすい)、潰瘍に付随する貧血もなかったことなどがあろう。しかしエアポケットに入ってしまい、うっかりだったと言われても仕方ない。

アセトン血性嘔吐症は十二指腸潰瘍によって食事を摂っていなかったことの結果であって原因ではなかった。2日前に自信をもって返書を書いた自分がちょっぴり恥ずかしくもあったな。反省!

2021年12月9日木曜日

囲碁、麻雀、韓ドラ

夕方、オマルさんと今回入院4回目の2子局対戦をした。結果は私の3目負けで対戦成績は2勝2敗になった。明日は退院なのでちょうどいい結果で・・となった。オマルさんは囲碁の大会にまた参加出来ると喜んでいた。年齢や病気のことを思えば私と打つ機会はもしや今日が最後かも知れずツーショット写真を撮った。「はい笑ってー」と何枚も撮るのだがシャッターの時は決まって笑い顔でなくなる。直前までは笑っているんだがねえ。

麻雀はというと、明け方に天鳳打ち始めたら開局の二人リーチで攻められ、持っていた安全牌の3索を打ち惜しみ、持って来た東を切るとこれが下家のリーチ七対子ドラドラに振り込みでハネマンを献上した。結局この失点が大きく、ラスってしまった。ぐあぁ。気合い入れ直して2回目の半荘に臨み、今度はトップ(+75)。それでもラスのマイナスポイントがー120でトータルではポイント減らしてしまった。六段坂はまだまだ続く。

TVでの韓国視聴は今はまったくと言っていいほどしなくなっていたが、たまたまBSーTBSで私の好きなチン・セヨン主演の「ボーンアゲイン」というドラマがあると知り、今のところどこのネット配信も扱っていなかったので録画して先週から少しずつ見始めた。相手俳優はチャン・ギヨンとイ・スヒョクという最近よく出てくる二人で3話までが1988年のエピソードで4話から2020年に移行した。
この1988年分のラストシーンがすごい。一人の女を愛する二人の男性は大雪原の中で鉢合わせる。普通こんなところには絶対来ないでしょと思うが、そこはドラマだ。
冬のソナタも真っ青の寒々とした雪原。↓心筋症末期とはとても思えないチン・セヨン。
なんと3人全員が瀕死状態になって終わった。ナイフとピストルでなく寒さで死にそうだ。
まだ2020年冒頭の4話までしか見ていないが、現代では3人そっくりな人物が名前も違って登場している。32年前のエピソードもそれぞれに瞬間記憶によみがえるが果たしてどういう結びつけがあるのか今はまだ分からない。

今日は私の趣味三つ、の話題でやした。

2021年12月8日水曜日

12月8日に見るべき映像

12月8日は日本と日本人にとって特別な日である。そう言っても最近の若い人は何のことかと首をかしげる。

「あっ!分かった。ジョン・レノンの命日ですか」そう言われ、「何だと、君たちは太平洋戦争開戦、真珠湾攻撃の日も知らないのか」と当時鹿児島大学の永田行博学長は怒った。2003年ごろのことでその場面を私が直に見たわけではないが、氏の著書で知ったとその頃のこてる日記に書いた気がする。今日、内視鏡室でスタッフに同じ質問をするとジョン・レノンすら出て来ない。「はあ?」って感じ。あ、10年くらい前だと「AKB48の劇場初公演の日(2005/12/8)ですか」と答えるオタクがいたかもしれない。今やそれもいない。

しかしここ数日「戦争」を忘れてはならないというスタンスのもと、NHKを始め戦争や真珠湾のドキュメンタリー番組がいくつもあった。気を付けていれば今日が何の日か答えられたはずだ。その中でNHKBSの映像の世紀プレミアム第21集「太平洋戦争 銃後・もうひとつの戦場」(12/4放送、1時間半)を録画で見た。視聴した時刻はまさに日本海軍が真珠湾攻撃をするぴったし80年前のその時間帯(日本時間の午前3時半ごろから、米時間では12/7午前8時)にである。番組宣伝文には「太平洋戦争で、プロパガンダ報道が前線の「勝利」を伝え続けた中、カメラは戦時下の日常も克明に捉えている。自分の写真を慰問袋にしのばせて戦地の兵隊に送る女性、「少国民」と呼ばれた子どもたちの集団疎開先での生活、雨の神宮外苑で出陣学徒壮行会に臨む学生のボロボロの長靴、そして、新たな支配者となった日本人に何度もお辞儀する南方の人々。熱狂から絶望へ、戦場ではない、人々の1347日の暮らしを発掘映像で描く」とあった。

この放送で初めて知ったことがいくつもあった。あのNHKラジオ午前7時の「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」はドキュメンタリーだけではなくドラマ、映画に戦争開始の場面として何度も使われてきた。
今やっている朝ドラ「カムカムエヴリバディ」でも当然のように出てきた。このニュースで当時の日本国民の大多数は大いなる高揚感に包まれたという。多くの証言、日記などに証拠があり枚挙に暇がない。戦争責任は軍部が中枢にいた当時の日本政府のせいばかりでもないと思った。

そしてだ、ニュース映画会社(日映)にとってこの発表は寝耳に水で会社内は蜂の巣を突いたような騒ぎになったそうだ。当時はTVやネットはもちろんなく映画ニュースが盛んであった。私の記憶では昭和の40年代ぐらいまでは映画の合間に上映されていた記憶がある。それで軍関係に街にと日映の記者や撮影班は飛び出し取材をしまくる。その中で大本営に向かった記者はなんと宣戦布告のあの有名なシーンをそっくり再現して欲しいと頼んだそうだ。発表した軍人、周囲の関係者を全く同じ人たちで再現してもらったという。臨時ニュースと同じくらいに有名なあのシーンは実は「ヤラセ」だったのだ。↓がその画像。発表者も書記も全くの嘘ではないが、午前6時の動画ではないことは確かである。それが今回の放送で分かった。
そして海軍が撮影した真珠湾攻撃の記録を日映は手に入れ、1ヶ月もたたずに正月の特番として上映した。観客には「早くニュース映画を見せろ!」の掛け声も飛ぶなど劇映画よりも人気を博したという。

サイパン島のすぐ近くのテニアン島はかつては日本統治領でサトウキビなどの生産が盛んで沖縄などからの移住者が多かった。戦争前の映画ニュースで移住民が「ここは極楽だよ」と感想を言うのも肯けた。しかし太平洋戦争末期の1944年7月末、アメリカ軍はサイパン陥落の直後、戦略的価値の高いこの島へ侵攻し激戦の末10日ほどで占領に成功する。そして民間人16000名ほどのうち3500名ほどが犠牲になったのである。投降してきた民間人の中に子どもたちは2000人ほどもおり米軍は学校を作り男女同じ教室で後の日本戦後教育のはしりのような教育を行う。ただ、校庭に集め体操をさせると「日本の子どもたちは軍隊のような正確さで整列したので素晴らしいと同じに少し脅威を感じた。とても素晴らしかったのでアメリカ兵たちは子どもたちが体操をするのを決まって見に来たものだった」と担当の軍人テルファー・ムックは述懐している。

日本に爆撃に行って帰って来た兵士らは子どもらと交流をする。広島や長崎への原爆もこの島からの爆撃機によって落とされた。B29に乗り3万フィートの上からは平気で爆弾を落とせるのに島に帰って来ると子どもたちを可愛がるのだ。相手は同じ日本人なのに・・。

ニュース映画というのは資料的価値が高い。文や語りよりも多くの感情を刺激する。昨日の津波映像もだが戦争の悲劇を後世に伝えるには映像や動画は大事である。私たちは「戦争を経験していない世代」だが、私たちの子らは「戦争すら知らない世代」といえよう。伝え続けていかねば。

2021年12月7日火曜日

「昔経験した津波はこんなもんじゃ・・えっ!」

今日の午後は早帰りができそうだったけれど、やはり叶わなかった。姶良市のこの時期は胃も大腸も検査受診者が多いのよ。おまけに1例ERCPも組んだからねー。早帰り出来るならオマルさんのところに寄ってまた一局打ってからとも思っていたが疲れてそのまま帰宅した(その際に月と金星などを眺めたわけだ)。

夕食後はネットやTV視聴をして、最近はYouTubeを見ることが一番多いかな。今夜は2011/3/11の東日本大震災の津波映像をたくさん見た。不謹慎ながら私は津波映像を見るのが好きなんだ。あの暴力的なまでの破壊力に、迫り来る恐怖とサスペンス。それが映画やドラマ、ゲーム、仮想現実とは違い現実の映像なのである。最近のTV同様、YouTube動画でも最初に注意書きがたいていある。「今から津波の映像が流れます。ストレスを感じたら御視聴をおやめください」とかだ。実際に津波のせいで生死の境を経験したらストレスどころではないだろう。私は娯楽として見ているのか?

「対岸の火事」という言葉がある。安全なところにいて見物気分で災害を見る態度のことだ。津波なら「高所の津波」・・か。しかし津波では見て撮影した人も一歩間違えれば生死に関わる状況だった。最近動画アップされた個人撮影の約20分のものは15歳の少年が撮影しているものだった。ちいさな港にまだいて小船に縄をかける大人の様子や潮位が下がっていることをナレーター風に語りながら撮影していた。おいおい、そんなことをしている場合じゃないだろとツッコんでしまったよ。そして津波第一波が来た時に初めて異変を実感している。「うわ、初めてだこんなの」と。そばにいた大人が「昭和35年の津波の時はこんなものじゃ・・」とつぶやくが、数分から10分もしないうちに昭和35年の比ではなかったことが分かる。

小さな神社の鳥居が最初映っている。15歳の少年はそこから近くの高台に避難して撮影を続けているが「あら〜」「あら〜」としか言えない。目の前の家や車も流され大きな家は屋根が見えるが小さいのは横転している。やがて潮が引き始める。かなり流れが速い。何か自然の神様が怒って懲らしめて「人間よ分かったか」とつぶやいて引き下がって行くような映像に見えた。昭和41年の映画「大魔神」がそんな感じだったがスケールはこの津波のほうが大きい。

21世紀になっていつでもどこでも一般人が動画撮影が出来る時代になっている。昔は津波が襲ってくる映像などなく、15歳の少年は津波が実際にはどんなものかを知らなかった。知っていれば冒頭のようなのんきな態度ではいなかったはずだ。幸い小高い丘がすぐ後ろだったのでものの15秒ほどで安全なところに避難できた。津波がこんなものだと知らずに命を落とした人たちがいたと思う。これらの映像はこれからの人たちにやはり見せるべきであろう。多少のストレスや怪我はあっても命がある方が大事なんだから。

2021年12月6日月曜日

金星、月、土星、木星

当直明けで午前は内視鏡検査、午後は早帰りの予定だったが、最近は胃癌、大腸癌検診の精密検査依頼が多くてとても帰ることは出来なかった。それに入院患者も多い。まあ例年この時期は多いのが当たり前だったがコロナで1年前は少なかったからなー。病院を出る時には17時過ぎですでに暗くなっていた。

高速を走ると南西の空に三日月よりも細い月と宵の明星、金星が同一視野に見えていい感じだった。夕日のオレンジと徐々に空が青くなっていくグラデーションも綺麗。走行中ではあったが写真に収めた。
高速を降りると信号待ちでよりはっきり2つの星が見えたが、空が暗くなりグラデーションは弱まってしまった。
明日は月と金星もっと近づくという。ええい、この日記は2日遅れだからこの際、明日の写真も載せちゃおう。青雲会病院の駐車場からの撮影で4つの星が写っている。
右下から金星、三日月、土星、木星と3惑星がほぼ等間隔で並びそこに月も輝いている。下図参照↓。月と金星のコンビが目立っていて写真を撮っていたら、帰りがけの合い言葉Drや山守Dr、東洋Drに「何撮ってるの?」と訝(いぶか)しがられたヨ。

私は空を見上げて「おお」と思ったのだけれどみんな何にも思わないみたい。後で月と金星、土星、木星が同じ視野に見える日だったと知った。以前は火星がよく見えたり、木星と土星の大接近があったりの時なども普通のデジカメPowerShot G7X Mark IIで写真に撮ったものだ。この前の「ほぼ皆既月食」を撮らなかったのは仕事が遅かったのと疲れもあったからで今後もチャンスがあればどんどん撮っていきたい。天体ショーってそうそうあるわけじゃないからね。

2021年12月5日日曜日

くら寿司に行ってみた

カールに「今日のお昼はどこか食べに行こうよ」と誘った。へへ、昨日の麻雀はちゃんと勝ったんでね。サブアラドDrを沈ませ、年間トータルでは僅差だが彼を逆転して現在私が1位になっている。で、食事先だが、珍しくカールが「くら寿司にしようか」という。あれれ、回転寿司でいいの。でもたまには行ってみようと早めの11時開店前には駐車場に着いた。で、それが正解。12時ごろはいっぱいで待ち時間が出るほどだった。カイテン寿司はその意味もあったか!

席について回転するネタを取ってもいいが、最近はパネルでネタ写真をクリックして注文も出来る。パッパッと頼むとすぐに自動で配膳もされる。従業員がやって来ることもなくコスト削減出来ている。イクラ、穴子、かにミソ、中トロ、タラバガニ、エンガワ、豚のあぶり、ウニなどなど目につくものはなんでも頼み放題だ。




値段がいくらになるのか分かっておらず、また1枚皿はカウンター下に落下させるのだとすぐに理解出来たが、たまに2枚重ねの皿が来てこれをどう返すのかよく分からなかった。後になって装着したプラスチックを回転台の専用台に乗せて返すのだとようやく分かった。みんな知っているのだろうけど、どこにもその説明がなかったのよ。

皿5枚でなにやらくじ引きみたいなイベントがパネル内で行われる。最初は当たったがその後はことごとくハズレだった。景品は何かと言えば鬼滅の刃のキャラバッジ。子どもが喜びそう。

食べ終わろうとする頃、サブアラドDrから電話が掛かってきた。キョーチャさんといっしょにお買い物中らしい。「今日はどこか食べに行くんじゃないの」「おかげさまですでに食べ終わるころですわ」「お、どこで?」「寿司です。くら寿司」「ほほうー1万円ぶんぐらい頼んだらええよ、私のおごりだからー」「はははー、ありがとう。でも、さすがにここで1万もは食べきれないなー」「私もお寿司が食べたーい」とキョーチャさんに「今からだとすごく混んでますよ」と教えてあげた。サブアラドDrのよるともともとそばを食べに行く予定とのことだ。いいんじゃない。

二人ともお腹いっぱいだったけれど会計では3500円程度。一皿で100円プラス消費税なのでたくさん食べたように見えてさほど支払いは多くない。ふうむ、ネタ自体は他の寿司屋の方がいいかもしれないがまずいと言うほどでもないし、だからあんなにお客が多いのか。うむ、もう一度何かに時に来てもいいかな。

そう思わせただけでも「くら寿司」の勝ちだった。

2021年12月4日土曜日

卒寿も年末も関係ないねっ!

昨日の夕方の話。17時ごろになってようやく外来が終わり、いったん医局に寄って帰り支度をしてから5階病棟に寄った。またオマルさんが入院してきているのだ。今回はそんな重症でもなく看護師情報ではやはりベッド上で碁を打っているという。ならば久々(半年ぶり)の対戦をしないとー。囲碁と麻雀のネタは「こてる日記」では不人気なんだがそれでも書いておかねばー。

私が2子ハンディをもらっての対戦で、打ってみて序盤はやや打ちにくかった。オマルさん、また私との対戦に備えて作戦を練っていたな。1ヶ月後には90歳になるというのにすごいわ。中盤、白に下辺のヒラキを打たれた。それは私の陣中にある白3子を助け出す狙いも持っている一石二鳥の手だった。その狙いは分かっているので受けることも考えた。しかしいつまでも上手(うわて)の打ち手に付き合っているとじり貧で勝つチャンスが少なくなる。そこで思い切って手を抜いて中央白の一団を狙う手を打った。オマルさん、当然最初の下辺の狙いの手を打ってきた。それに構わず私も白一団を狙う手を打つ。ここは意地の張り合いか。結局、下辺は白に譲って、その代わり白の一団を仕留めた。これで私の勝勢になった。
指さしの白↓がオマルさんの打った手。ピンクの3子の復活も狙っている。
↓白丸が次の白の予想手。私は白9子(黄丸)を狙って受けずに反発した。
案の定、白は予想手を打ち、私は反撃の一手(白丸↓)を放つ。
↓白は白3子を助け下辺も地にした。しかし私の指さしの黒の手で白一団はトラレだ。
黄色の白石12子↓は助からない。ほぼ私の勝ちとなった。
オマルさん、最後まであきらめずに白石の復活を目論んだが力尽き投了した。ふう。前回から2子局でいい勝負が出来ている。今回はたまたま勝てたが打った感じ、次も簡単に勝てるとは思えない。90歳前の年齢でも培った実力と工夫を凝らして勝負してくる。

今日の午後はいつものリアル麻雀で、メンバーはサブアラド、見せたまえDrにたつやましたDr。私は調子が良く11半荘やって一度もラスを引かずトータルトップだった。たつやましたDrはトップ4回も取ったがラスも多くプラマイゼロ。サブアラドDrが珍しく調子が悪かった。11月までの天鳳では私が六段降段で最悪だったのにサブアラド七段は維持出来ていた。しかし12月に入って急に彼はラスが増え、私は昇り調子、それが反映しているように思った。

いやー、囲碁に麻雀、頭脳テーブルゲーム好きに年末はないぜっ!

2021年12月3日金曜日

婦人科の患者さんは・・

金曜朝は外来がメインなんだが、たまに救急車対応もしなくてはいけない。朝運ばれてきた40代女性は下腹部を痛がっていた。触診した感じでは虫垂炎を筆頭に腹部になにか炎症性の病気がありそう、で、採血、点滴と腹部CTを指示した。

また外来の合間に入院している高齢女性の転院先をあたらなくてはならなかった。婦人科系の悪性腫瘍が判明し食事も摂れない状況でここの病院ではこれ以上の治療が出来ないのだ。

そのうち放射線科から連絡があった。「腹腔内がちょっと大変です」と言われ見ると、子宮の上部に血腫というか大きな塊があるようで腹水もそこそこある。うわ、これも婦人科紹介だよ。
高齢入院女性は昨日、鹿児島市内の一律病院に依頼したが「いまベッドの都合が・・」と言われた。ただ、「他をあたって受け入れ先がなければまた連絡を」と無下に断ったわけではなさそう。そんなわけで知り合いの女医ノブちゃんDrがいる今綺麗病院に連絡してみた。最初から「ノブちゃん先生につないで欲しい」と伝えたのだ。おっとその前に地域連携室から情報提供書をFaxさせておいた。だからつながった時には事情は分かっており話はスムーズにいった。しかし、そのタイプの治療はそこでも大学病院に紹介しているとのこと、ううむ大学か。そしてたった今運ばれてきた中年女性のことも尋ねてみた。で、まずは一律病院に連絡しそこが無理なら今綺麗でとなった。

その間、外来業務をちょこちょことこなしながら、結局、昼の12時ごろには高齢女性は大学病院が来週受け入れOKで中年女性は一律病院にこの後すぐ救急車で転送と決まった。ふぅー。そしたらノブちゃんDrから外線電話が掛かってきて、2人とも転送先が決まったことを伝えた。彼女も話を聞いたからには気になっていて、中年女性の方は受け入れるつもりがあったようだ。少し面倒を掛けたかな。

青雲会病院には婦人科はないのでこのように他病院と連携を取らざるを得ない。今は地域連携室が各病院に出来てメディカルソーシャルワーカーの資格を持つ職員らが連絡を取り合い比較的スムーズにやり取りが出来る。20年くらい前はほとんどを自分か看護師でしなくてはならなかった。ほんと助かっている。ただ重症であったり緊急を要するな今回のケースではやはりDr同士の情報伝達が大事だ。今回どこの病院の先生もなんとか患者さんのためにしてあげたいという気持ちが伝わり、有り難いと思ったことだった。

2021年12月2日木曜日

ブラックフライデーでノイズキャンセリングイヤホン買ったった

amazonがブッラクフライデーなる安売り週間を設けていて、ノイズキャンセリングタイプのイヤホンも安くなっていて注文した。チッチが「ノイズキャンセリングいいわ!」と言っていたので私も欲しくなった。

「Anker Soundcore Liberty Air 2 Pro」という機種で通常は1万3千円近いのが3千円引きで販売されていた。たかがイヤホンに1万ほどもするのと思い向きもあるかもしれない。しかしノイズキャンセリングタイプでは最安値に近いのだと聞く。2万、3万円以上するものも結構多い。
商品箱を開けると耳栓に当たるゴムがいっぱい入っていた。なるほど、人によって耳穴の大きさは様々でこれならほぼ全部の人にどれかは当てはまるだろう。イヤホンはぴったりさせないとノイズキャンセル機能も十分に働かないだろう。私はデフォルトの標準サイズでまずまずOKだった。
実は昨日届いて何も考えずに装着しパソコンのYouTubeの音声を聞いたがいまいちの音質だった。ただ説明書を読むとアプリを使ってノイズキャンセルやイコライジングを設定出来るとか書いてあった。それをしないと望ましい音質にはならないのかも。ただ悲しいかな最近はこの手の設定が面倒くさくて実行していなかった。今日、チッチにLINEで尋ねたら、スマホ用アプリ「Soundcore」というのを使って設定しないといけないんだとか。私はパソコンでやろうとしてうまくいかず、すぐにあきらめたのだった。

で、どうにか設定すると確かにノイズが大方消えてクリアな音質になった。それに完全コードレスでとてもすっきり。あれってかなり邪魔だったんだな。
イヤホンって機種によって音質の違いがほんとに違う。10年くらい前のイヤホンジャックコード付きのビクターのは乾いた音質で、コードレスだが2個が結びついているタイプのは重厚な音質だった。イヤホンって極めればどんどん沼にはまるんだそうで、この前のNHK「ドキュメント72時間」の11月5日放送回で秋葉原のイヤホン・ヘッドホン専門店が舞台でそんな人たちがたくさん出ていた。私はとりあえずはこのイヤホンで十分。物事にハマるキャラではあるけれど、お金がかかりすぎると自制が効くタイプでもあるから〜。

2021年12月1日水曜日

二人とも「初めて」の柿

昨日は年に1、2回担当する北山診療所での仕事があった。内容は午後の外来と往診でたいして忙しくはなく定期処方とインフルエンザのワクチン接種をした後はしばしぼうっとしていた。で、「1軒だけ往診があります」だと。「どこ?」「木津志です」「ほう、田舎だね」

木津志といえばどこを切り取ってもど田舎で、良い言い方をすれば日本の原風景を味わえる所だ。何年か前ここに、カールを連れて彼岸花を見に行ったことがある。今日寄ったところも70代の男性が独居の古い家で、小さな坂を上がった所にはお風呂の準備で薪がくべられていた。

家には土間があり、納屋が隣接している。50、60年くらい前の私の田舎の実家もそんな造りだった。便所も当然外にあったな。診察は玄関で行い、インフルエンザワクチンを接種して、定期処方を書いて終わり。その間、ここぞとばかりに私は写真を撮っていた。この家もあと10年から良くて20年、男性がいなくなれば後に住む人は誰もいない。近くの親戚の家も男性より高齢だからだーれもいなくなる。限界集落とはこのことだ。

後は帰るだけと訪問看護師らは思っていたようだが、私はどうしてもお願いしたいことがあった。「〇〇さん、庭の柿の木ですけど、あれ食べているんですか?」「いいや、食べられるけど私は食べない」「取ってもいいですか、食べられるんだったら」「いいよ」ということで雨が降り始めている中、私は庭に出た。柿の木はすでに葉っぱは落ちて実だけが何個も成っている。その中で2個だけ手が届くところにあってそれらを私はもぎ取った。実は生の柿を収穫したのは生まれて初めてのことだった。

この後、上の方にある柿を取るために長鋏みを家の人が用意してくれ、看護師にカッティングして何個も取ってもらった。なんだかみんな楽しそう。
診療所に帰ってさっそく剥いて切ってもらった。市販のものとは比べものにならないがまあまあいける。家にも持って帰った。その柿はちょっぴり渋さが残っていていたためカールは「干し柿にするわ」とさっそく軒下につるしていた。「私、干し柿が好きなんだけど自分で作るのは初めてなの」と少し嬉しそうだった。市販の柿はもったいなくて、ということらしい。
限界集落でもぎ取った柿たちは私にとって初めての嬉しい柿になった。