2026年10月10日土曜日

鹿大糖尿病・内分泌内科学新教授就任祝賀会

夕方、鹿大医学部糖尿病内分泌内科学講座の森野勝太郎教授就任祝賀会があり、城山ホテル鹿児島へ向かった。青雲会病院も大学から医局員を週1回派遣してもらっている縁で出席するわけだ。実は1年半前の前教授西尾喜彦先生の退官記念の会にも出席していた。あの時私は出席直前に失策をしてしまった。なんと準備していた会費祝儀袋を自宅に忘れてしまって、それに気づいたのは向かう車中でだった。引き返すと会に間に合わなくなってしまう。そこでホテルで袋を購入し自前のお金弐萬円を入れ、汚い筆字で名前を書いてなんとか間に合わせられたのだった(^_^;)。

で、今回は忘れないぞとテーブルの上に目立つように置いていたが、玄関で靴を履こうとしたらカールに「忘れ物よ〜」と言われてしまった。祝儀袋をテーブルに置いたまままた出かけようとしていたのよ。がーん、全くたまいが入らんこった!(共通語で「魂が入らないことだ」の意)

ただ、今回は1年半前のスナップ写真を事前に確認してから行ったので、知り合いのDr、名前だけは知っているDrとも割合に会話がスムーズに出来た。お隣には川辺の某病院の院長先生が座っていて前回も少しお話ししたのだが先方は私のことをよく覚えていなかった。まあそんなもんだろう。小林の病院から来ていた一坪Drとは前回も会っていたが「こてる先生とはいつ会ったっけ」と言うので、私は自信を持って「1年半前の同じ糖尿病内科の会でしたよ」と教えてあげた。同じテーブルには糖尿病が専門で市内のクリニック院長である天保山Drもいて私から話しかけた。出水のスチョル先生と縁戚だと見知ってはいたけど直接会話したことはほとんどなかった。こちら側は私の父デンコーとスチョル先生が従兄弟であるときちんと説明してあげた。プロ野球の話題を振ると「先生も阪神ファンですか」と聞かれたよ。スチョル&てげてげ先生は生粋の阪神ファンだが、「いえいえ、セ・リーグでは阪神ファンですけど推しはソフトバンクです」とだけ答えておいた。ただ、最近は日本のプロ野球よりずっとドジャースやメジャーリーグに関心が移っているんだけどねー。

また同じく糖尿病専門で大学同期でもあった火事屋女史とも話しをした。私の従兄らの担当医でもあり「みなさんまじめに取り組んでいらして」とのことだった。またかつての麻雀仲間で大学同期でもあったダイボDrの息子氏の大菩薩Drも糖尿病専門医で1年半ぶりに会った。話題はやはりダイボDrだ。つい2ヶ月ほど前体調を崩し2週間ほど入院していたのは知っていたが「今ではすっかり良くなっています」と聞き安心した。お互いに60歳代後半になっている。身体の不具合が一番よろしくない。後、霧島市で糖尿病中心のクリニックを開業している聞くっちDrに「父上の気口Drはお元気で?」と尋ねると「腰を少しやりましたが元気ですよ」とのことだったが、今年88歳だと聞き、私はちょっぴり驚いた。今からぴったし40年前、鹿児島市立病院の外科研修に行った時、指導医だったのが気口先生だった。少し白髪も生えていたのでてっきし当時は50歳半ばくらいで、現在は90歳半ばになっているはずだと勝手に思い込んでいた。

その他、知っている鹿児島市の先生らと幾人も挨拶、会話が出来た。かつていっしょに仕事をしたDrらが偉くなってみんな病院の院長、理事長先生なんだ。ただ、霧島の重浩院長には「こてる先生はいつ青雲の院長になられたんですか」と言われてしまった。「2年半前からだけど・・」と言って、そうだ、コロナ前は感染症対策会議で年に4、5回は会っていたのにリモート会議になり直接会うこともなくなり、また私が院長になってから感染症対策チームから離れたせいで重浩先生とは縁遠くなってしまっていたんだ。しかし重浩先生が今年8月から院長になってまたこうして会う機会が増えたってことだな。

おっと肝心の森野新教授のことも話しておかねば。挨拶に立った先生がたが新教授のことを「温厚誠実で」と、皆、評されていた。↓森野勝太郎新教授。
それに研究のアイデアを良く出し、教育面でも優秀であると。いいことだ。教授の人柄や研究、教育への情熱はその教室の根幹を形作る。糖尿病、内分泌は中高年には常に付いて回る疾患だ。鹿児島の医療界には必要不可欠の疾患領域で、ますますの発展を願って、会の最後まで満喫しホテルを後にした。

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