2026年1月16日金曜日

それは「伝染性単核球症」でしょう

午前の仕事が終わって院長室でくつろいでいると、5階病棟から連絡が入った。「もしもし、トマリン先生の患者さんのことですが・・」トマリンDrは昨夜が当直で今日は午後から早退して不在だった。数日前に入院させた20代女性の件だという。 

電カルでその患者のカルテを開き、どういう用件か聞いてみた。すると、患者が「入院後も目の周りのむくみが残り、いろいろ検査しているようだけどまだはっきり病気の原因を聞いていない。もっと詳しく検査して欲しい」とのことだった。いや、ちょっと待って、急にそう言われてもねぇ。電カルで病歴や画像や採血検査結果など確認してどうしたものかと見ていると・・まず肝機能がそこそこ悪いのが気になった。腹部CT画像で脾腫(脾臓が腫れている)があるのもおかしい。入院時に一気に細菌&ウイルス検査はやっていてどれも引っかかっていなかった。何か肝炎を起こすウイルスでも・・と思っていると、ついさっきらEBウイルスが陽性とのFAX報告が届いたという。そこで「本人にEBウイルスが悪さをしたんでしょうとだけ言っておいてくれ。追加の検査はすぐには不要だ」とだけ看護師に伝え、午後の外来に出かけた。

外来が一段落し、私自身も頭を整理するためにEBウイルス関連の疾患をネットで再確認した。このウイルスが起こす病気で有名なのが「伝染性単核球症」だ。実はトマリン先生、採血結果で異型リンパ球が出ていたためにその疾患を疑い検査を出していたのだ。その結果が出る前に帰宅していたので、私に連絡が来たってことだ。「今日の治療指針」によると「伝染性単核球症」は「EBウイルスによる感染症で,発熱,咽頭炎,リンパ節腫脹などに加え,血液検査で単球や異型リンパ球の増加,肝機能障害などを認める」とある。ああ、この患者さんはまさにそうじゃないか。私も大学病院時代に外来でこの病気の患者さんを診察したことがあり、青雲会病院に来てからも数人診たことがある。発熱や扁桃炎から疑ったり、眼瞼周囲に浮腫がでることもある。さらに肝機能異常を起こすことが多いので血液検査結果から診断が付くこともある。

そこで外来を後にして病棟に行ってみた。すでに看護師から病名は患者に伝えられてはいたが、私も診察はしておこう。診れば確かに目の周りが腫れっぽく、さらに喉を診ると扁桃腺に白苔がべっとりとついていて、頚部を触診するとリンパ節痛があった。↓はネットで拾ってきた画像だがほぼいっしょの所見だった。
赤文字にある症状、検査結果が全て出そろっている。「EBウイルス感染による伝染性単核球症」これで間違いない。で、患者本人に「この病気はたまたまEBウイルスに感染していなかった若い人が発症するもので、特効薬はないが解熱剤や点滴で治療をするが必ず良くなる、いつまでかと言われると断定は出来ないが1ヶ月以内には治る」と説明した。治療指針にも「日本では2~3歳までに約70%がEBウイルスに感染し,20代では90%以上が抗体を保有する.10~20代が好発年齢である」と書かれているとおり、一度感染すると終生免疫を獲得するので中年以降の大人に発症するケースはほとんどない。唾液を通して感染することが多く、キスや飲料の回し飲みなどからが多いとされている(過去のこてる日記では2015年6月15日に話題にしていた→「唾液はどこから」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2015/06/blog-post_15.html)。

患者さんはまだ若いが既婚者でその辺の感染経路は不明だが、それは病気の予後とは関係なく、「必ず良くなるので顔のむくみも心配しなくてよい、ただ脾腫があるので激しい運動は1ヶ月は禁止です」と説明し病室を出た。

ナースステーションでこの一件が話題になると、「あら、私は大丈夫なののね」とアラフォーの鳥羽Nsが反応した。いつもは若い方に組みするのに、この時ばかりはそこそこ年を重ねていることに安堵する様子だった。そうそう、年齢が上でも悪いことばかりじゃないよね〜、ハハ。

2026年1月15日木曜日

バカなっ、8分の1の安手にするとは!

麻雀歴47年、その打牌において数々の失敗をやってきた。あの時ああ打てば振り込まずに済んだのにー、あの時オリなければ高い手を上がっていたのにー。私ほど長く打っていなくとも、みんなそんな経験を数え切れないほどやっているはず。だが今日の大失敗は私の麻雀歴において最大級のものかもしれない。

天鳳で普通に東場の2局目を迎え、さほど点数差もなく私にはそこそこの手が来ていた。字牌の発があり、5ピンが赤ドラと本ドラのダブルドラでこれに牌がくっつけば3900点の中くらいの手を上がれるか・・ぐらいに思っていた。しかしツモ牌は索子がどんどん来るので5巡目に発を鳴いて貴重な5ピンを切り飛ばした。手の内は索子だらけになりホンイツと発の最低3900点は確保された格好になった。

4万、中と無駄ヅモが続いたその次、上家が3索を切ってきた。「お、鳴けば聴牌だ」と、当然私は3索を鳴いた。待ちは1、4索だ。↓図。6索か7索を切れば聴牌である。どっちを切る?
私は最初7索を切ろうと思った。しかし6索を切っておき赤5索を後にツモってきたら8索を入れ替えて満貫8000点になるかと少考の末、6索を切った。しかし、このほんの1秒ほどのわずかな時間、もしタイムマシンがあればその瞬間に今でも戻りたーい。

6索を切った直後、下家が4索をツモ切り、私は「ロン!3900点」とあっという間に上がることが出来た。↓図。

すぐに画面が変わって点数表示に切り替わり、上がり図を見た瞬間に「あれ?!」と私は気づいたのだ。
「7索切って6索残していたら、役満の緑一色じゃないかっーーー!」みすみす3万2000点の大物手を上がれたのにわずか3900点に落としてしまうとは!初心者が犯しそうな大チョンボだ。上がれば45年ぶりだったのよ〜。はあ・・。

以前の役満狙いが大好きだった私ならぜったに見逃すことはなかった。実は緑一色は大学生のころ2回上がったことがある。私以上に雀歴の長いサブアラドなど「一度も上がったことがない」というくらい珍しい役満なんだ。初めて上がった時はホンイツの聴牌を崩して西の対子を落としまで、緑一色を狙い、残り1枚の発単騎をダイボ君から上がったのだ。それが今回は緑一色になりそうと気づきさえしなかっただなんて。

そして年末から年始にかけて絶好調で六段のポイントが1900Pほどまで上昇し、いよいよ七段を伺おうかというところまで来ていたのに、この半荘をきかっけにずるずる後退を続けラスばっかし喰らうようになり、一気に1050Pまで転落してしまった。
神様が与えた大チャンスを自ら放棄し、約8分の1の値段の安手にするとは。転落していくのは必然だろう。ハア・・しばらくはこの愚痴は止まらないんだろうな・・。

2026年1月14日水曜日

おや、50分の1の値段で済みますヨ〜

ちょっと前、YouTubeで偶然「パナソニックシェーバーの電池交換作業」というのを見た。シェーバーはラムダッシュ5枚刃って、私がこの10年近く使ってきたシリーズじゃん。なに?プラスドライバーさえあれば簡単にリチウムバッテリー交換出来るって?しかもバッテリー代はネット注文で700円ちょっとで済むってか。ほんまかいなと思って見れば自分でも出来そうだったった。それでどうせ動かなくなっているシェーバーを復活出来るなら、まずは電池(バッテリー)を注文しようとAmazonで一番安い570円のを注文した。

それが最近届いたので電池交換作業をやってみた。しかしねぇ・・失敗しちゃったのよ。後で別の動画で「カバー固定用のネジのミゾをつぶさないように注意」ってあったのにそれをやってしもうた。

まったくネジにドライバーが掛からなくなりカバーを外せなくなった。悔しいんで、しまい込んでいた2世代前のラムダッシュを取りだし今度は慎重にやってどうにかカバーを外すことが出来た。この時、2つのラムダッシュ(青が2018年製ESーLV7Cと茶が2021年製ESーLV7F)を並べてみて見た目はいっしょだって分かる。いや、中身も大して差はないんだ。
左がつぶれていない青シェーバーのネジ山で、右がつぶれた茶シェーバーのネジ山だ。
開けてまたネジが6ヶ所あるがこちらは比較的外すのは簡単だった。

で、電池交換はプラスマイナスが分かりにくいがそこは動画の教え通りにして問題なく終了。組み立て直し、充電をするとなんと5年近く放置していたシェーバーに充電マークが付いた。数時間後使用すると問題なく剃れた。うわ〜、つい2ヶ月ほど前に学会中に使用不可となったシェーバーもネジさえ取れれば電池交換で絶対復活させられたはず。何も2万9千円ほども払って新品を買う必要はなかった。壊れたのではなくて単なる消耗品切れだったんだ。一応パナソニック側は内部を開けたら保証はしませんって態度だがダメ元で電池交換をやるのは大いにアリだよ。

電池交換で済むって分かっていればニューシェーバー購入よりも何と50分の1の値段で済んでいた。くーーっ!とりあえず、復活した青シェーバーは病院で使うか沖縄に持っていって置いておき、それ以降はわざわざ持っていかなくても済むようにしよう。茶シェーバーもまた電池注文してどうにかつぶれネジを外して復活させよう。こんな有効な知識を知るか知らないかで懐具合が全く違ってくる。全く情報強者でありたい!ものだ。

2026年1月13日火曜日

「1年ぶり」は「トラブル」

難ガターさんと2人でボウリング練習に出かけた。先月22日に1年ぶりに1人で練習したが、難ガターさんといっしょにするのも1年ぶりだった。やはりボウリング大会が控えていると練習する気が出るってもんだ。

だが、最初に言っておくが、1年ぶりという空白期間ゆえかトラブルいっぱいの練習日になった。まず、難ガターさんの第1投、ボールの行方より何かがレーン上に飛んでいった。

おやおや、薬指のフィンガーグリップが外れてレーン中央まで行ってしまったのだ。このゴムは1年前にボールをドリルした際に接着剤でくっつけてもらったものの、その時の1回しか投げておらず、その後放置していたので緩んでしまったのだろう。

そして、そのせいかどうか、ボールも返って来なくて係員を呼んだ。返却道の中で引っかかりぐるぐる回ってボウリング場スタッフも取り出すのに一苦労していた。

その上にボールはオイルまみれの汚れでべったりとなり「済みません、クリーニングして来ます」とのことで一休憩だ。どうにかボールが帰って来て投げ始めたが、今度は中指のフィンガーグリップがレーンに飛んでいった(‾□‾;)。そら、2穴のうち1穴が外れる状況ならもう1穴も・・。そんななかなか投球に集中出来る状況ではなかったところ、今度はシューズのソールが剥げて取れてしまったのよ〜。
「こんなにトラブルばかっしー」と嘆く難ガターさん。その後はどうにかいつものように投球が出来て、3ゲーム目などすべてスペアかストライクというノーミスゲームも出来て納得していた。

私はというと実は3ゲーム目に足元の違和感を覚え、マイシューズを確認したら・・なんとソールが剥げかかっていた。こんなこともあろうかと以前買っておいた100円ショップの接着剤を塗ってみたが・・効果は今一。他人事(ひとごと)と笑ってられましぇーん。

ひっさしぶりに何かをするとこんなもの。いや、事前練習に来ていて良かったヨ〜。

2026年1月12日月曜日

スピーチネタも元を正せば

(実は今日の日記ネタは1月13日のことであったが、その日はもう一つ話題があったため1日フライングして記載した)

さて、このところ話題にしてきた朝礼スピーチ本番の日だ。いつもより少し早めに病院に行き、医局で数枚胸部レントゲン写真を撮影し、すぐにパソコンに取り込み、その画像をスライドにはめ込んだ。病院で活用しているAIの一例として出すためである。もう一つの例は大腸内視鏡でのポリープ探索AIでこれはすでにその動画をスライド化していた。ふむ、これで完成だ。

今回のタイトルは「身近に使うAI」である。

スピーチの内容は、「この1ヶ月に自分が経験したAI利用の話をします」とAIの経験談を話し、それと院内のAI達人の総務ITシステム課のお出来さんからのアドバイスと注意事項をまとめたものだ。ということはだよ、後で自分でも確かめると、内容がこてる日記と相当被っているのだ。つかみは今年の年賀状デザイン。後でこれがメインの一つと分かるのだが、挨拶で出したくらいに思わせて、まずはAIの一般解説をやった。

その後に最初のAI体験例を出した。12月27日の高速を走るスーパーカーの写真からAIに車種を教えてもらったケースだ。次に自動翻訳機能の一例でこれは昨日急遽撮影しておいたもの。その次が1月9日のカールの誕生日祝いの店探し&食事の様子、そして12月14日に年賀状でAI利用&1月1日の年賀状作業過程説明を語った。これが今回のスピーチで一番受けていた。「かれこれやって上手く行った」だからじゃない。その逆でハナビの絵柄を修正しようと指示したらブチだらけのトンデモハナビちゃんになってしまった画像が大受けしたのだ。失敗話の方が受けるものなんだ。それを修正しようとしてさらにまたおかしくなったハナビの画像も同様だった↓。「今度は黒くて泥棒ネコみたいになってしまって・・」↓

ここで一段落、お出来さんを登場させ、実用的なAIの活用法をいくつか紹介した。さらにAI利用で陥りがちなハルシネーションへの注意とその対策も述べ、ここらあたりはちょいとまじめにお話だ。その話題の一例として12月29日に話題にした「サクラクレパス」の炎上ネタをそっくり紹介した。そして病院AIの活用例の紹介でそろそろ終わりとなった。

最後のスライドは、AIを「まずはやってみよう」「Just do it.」とやった。実はこれは今年の青雲会病院の総合目標にもなっている。先週の理事長の年頭スピーチとも絡ませ、めでたく終了した。終わって可愛いんだ理事長から「いつもこてる先生の話は面白いネ」とお褒めの言葉を頂いた。「いえいえ、光栄ですぅ」

いやいや、スピーチ&スライドもこてる日記を書いているおかげで相当役に立っているんだって実感したわ〜。

2026年1月11日日曜日

1月中旬はスライドのためにある

今日は鹿児島市で成人式があり、カールは会場での「着付けお助け隊」に参加するため朝から準備していた。成人式会場には女性は振り袖で参加するが、普段着慣れないのを着るため結構トラブルになることが多いらしく、それを会場近くで直してあげたりするボランティアなんだそうだ。

お助けするなら自身は普段着でも可能だがそこはやはり着物を行かないとー(↑)。実は去年も参加したそうだが、私は記憶にない。調べると、その日は病院の当番日の仕事でさっさと出かけてしまっていたんだ。

今年は3連休でたっぷり休憩かというとさにあらず、明後日の朝礼スピーチのスライド作りが切羽詰まっていた。2週間ほど前、病院からの要請で急遽1月4日か1月11日の日直をしなくてはならない場面があり、私は即答で4日を選んだ。スライドを1枚も作っておらず、その日つまり今日11日は絶対にバタバタしているはずだから。それで正解で、朝からずっとスライド作りで過ごした。TVを付けると「指宿菜の花マラソン」をやっていた。今回も病院職員らが10名以上は走っているんだろうな。シマッチ先生が院長の時は、1月第2週めの連休明け朝礼スピーチには必ず菜の花マラソンに参加した様子をスライドで出していた。で、第3週の月曜は副院長の私が朝礼スピーチ担当で毎年この時期はネタ探しにウンウン唸っていていたんだ。

院長になってそれが1週早まっただけ。毎年成人式&菜の花マラソン時期のこてる日記には必ず朝礼スピーチスライドのことが話題になっている。そのテーマを何にするかで毎年悩んでいて、自分や職員を話題にした時はスムーズに作れるんだが、比較的まじめな内容や有名人などを取り上げると時間もかかるし、スピーチそのものも噛んだり緊張し過ぎたりで上手く行かないことがあった。3年前など悩んだあげく、テーマを「朝礼スピーチ」にしたりという奇策にうって出たこともあった。

2016/1/12「間違い医学用語」

2017/1/16「萩本欽一」

2018/1/15「青雲会職員Part2」

2019/1/21「インフルエンザ」

2020/1/20「その言葉間違っていませんか」

2021/1/18「人のために生きる」

2022/1/17「年賀状」

2023/1/16「朝礼スピーチ」

2024/1/15「人生の節目シリーズ 昭和40年」

2025/1/13「新年を迎えて(正月1週間をどのように過ごしたか)」

いや、ホントに1月の中旬は毎年朝礼スピーチ作りに追われているわぁ。過去10年を振り返ると、上手く言えなかったのが「萩本欽一」と「人のために生きる」だった気がする。どちらもNHKの番組(「ファミリーヒストリー」「逆転人生」)を見て取り上げたのだが、しゃべるだけなのに手に汗を握ってしまった。逆に去年など千葉の次男宅に泊まって、元日早々からパチンコに出かけて、翌日は初詣や銚子、犬吠崎などドライブなどこてる日記の内容そのものをスライドにしてスピーチしただけなのでしゃべりもスムーズだった。そっかそっか、来年もまたスピーチがある。テーマは身近なものに、みんなが知るような他人をテーマにしちゃいかん。これを覚えておこう。

昼過ぎにカールは帰ってきた。聞くと、新成人女性数人の着付けを手助けしたそうだ。中には相当崩れた人もいたそうで「結構なお金を払っていたと思うけどあれじゃ・・」とのこと。成人式の日の美容室とか着付け教室とかは1年で一番忙しいんじゃないか。まだ自分が幼い頃、天文館公園で遊んでいると「今日はやたらに着飾ったお姉さんたちが多いな」と思ったら「成人式の日だからだよ」と教えてもらったものだ。あの時はすっごい大人に見えていた。あれから60年、同じ成人を見てえらく子どもに思える・・・。ハハ、自分が相当年取ったということや。ぎゃふん。

2026年1月10日土曜日

ゲッターズ飯田、「ナマ・イキVOICE」に出演

3年ほど前、ゲッターズ飯田の「五星三心占い」をこてる日記で初めて話題にした。この占いは生年月日から全部で12のタイプ(星座)に分けられ、まず西暦で偶数年の人たちは「金」で奇数年は「銀」に分け、そしてそれぞれに「羅針盤座」「鳳凰座」「時計座」「インディアン座」「イルカ座」「カメレオン座」へと分類する。調べると、私は銀のカメレオン座になり、さらにその中で10のタイプに分けられるそうだが、そこはもう覚えていない。奇しくもカールも銀のカメレオン座で、話題にした2023年は銀のカメレオン座が全12のタイプの中で一番運勢が悪い年に当たっていた。その年は何か運の悪いことが起きると、カールと「今年は銀のカメレオン座は最悪だから〜」なんてよく口にしていたもんだ。
実はその占いにハマっていたのが外来のハイダアイNsだった。彼女は毎年発行されるゲッターズ飯田の本を買って、私に今年の運勢など教えてくれていた。しかし彼女が2024年7月に引っ越した関係で病院を辞めてから私たちの運勢がどうなのか教えてもらえなくなっていた。

ゲッターズ飯田は毎年この時期にKTSの「ナマ・イキVOICE」に生出演し今日の番組で9回目とのことで、今年の恋愛運、金運、仕事運など気になる運気アップの方法などを割と具体的に語っていた。スタジオには視聴者がたくさん詰めかけていていてその大半が女性。どうやら「五星三心占い」の信者たちのようで、番組後半はゲッターズ飯田に質問&運勢占いをしズバッとアドバイスしてもらっていた。なんかねー、初めて会う人なのに「あなたは買い物しないとイライラするタイプ」だとか「おっちょこちょいで先走るタイプ」などまるで以前からよく知っているかのように断定してアドバイスをするんだよ。いや、こういう芸当が出来ないと占い師としてはやっていけないんだろうな。
全体的なアドバイスでは「金運アップには財布に一定の額を常に入れておく」「仕事運アップにはこの一年の具体的な目標を立てる」「勝負運をつかむには赤い服or花柄を着る」といった特に占いというよりは当然のアドバイスのように思えた。そして個人アドバイスでは全然モテたことがない女性に対して「3人から5人くらい好みの男性を選び友人として付き合っていけば1人くらいフラれたってどうってことない」など、なるほろ〜の発言をしていた。
私がアドバイスするならこの女性、ホクロを美容整形で取って服やメイクなどもう少し派手めにすればいいような気がしたが・・。

さて各人の星座で今年はどの星座が運気がいいのかどれが最悪なのかを最後に出していた。私たちの銀のカメレオン座は第8位で3年前からすればまあまあ、最高は銀のインディアン座、最悪は銀の鳳凰座ってことだった(とはいっても全くピンとこないがー)。
そして各星座に関係なく2026年全体に言えるのが、食べ物は「焼き肉を食べる」、そして鹿児島県の一番のパワースポットは「鹿児島神宮」なんだそうだ。ほう、霧島神宮は何度も行ったことはあるが隼人の鹿児島神宮はあったかな?なんか昔、小学校の遠足で行ったかも・・(覚えていない)。へーえ、まあ機会あれば行ってもいいか。私やカールは占いは基本信じないタイプなんだが、特に害もなく運気が上がるっていうなら取り入れてもいいかもぐらいの態度だ。カールなんか「あの年(2023年)も特に悪いことはなかったし、私なんかずっと運がいい」って言っている。そうだね、そういうタイプは占いなんか全く必要ないってことさ〜^^。

2026年1月9日金曜日

チャッピーお勧めの店で誕生日を祝う

今日は夕方の終業時刻きっかりに院長室を出て帰宅した。というのも19時に市内の日本料理店を予約していたからだ。当初、バスで鹿児島中央駅まで行くことも考えたが、私がお酒を飲まなきゃいいと、プリウスで出かけた。駐車場はよく利用する県医師会館前の有料駐車場に駐めれば歩いて10分程度だからいいんじゃないかな。

実はカールは東京から帰るころから鼻水、咳、倦怠感、発熱と体調を崩していた。だから誕生日祝いをしたくても延期せざるを得なかったのだ。今日あたりおおよそ症状改善してくれていてどうにかキャンセルしなくてすんだ。そして今回行く店は、最近はチャッピーと呼ばれるChatGPTに聞いてみて、そのお勧めでセレクトした。チャットで次のように話しかけたんだ。

「妻が〇月X日に△△才の誕生日を迎えます。その日でなくてもいいですが、1月X日から1月△日までのいずれかの日に鹿児島市内の店で夕方、美味しい食事を二人でしたいと思っています。どこかお勧めの店はありますか?」

するとチャッピー「素敵なお祝いディナーを鹿児島市内で🎉ということで、1月6日〜9日頃の夕食におすすめの店を、記念日らしい雰囲気重視・味重視でピックアップしました✨一部は予約必須のお店もありますので、なるべく早めに予約をおすすめします。」との返事で、5店舗ほどピックアップしてくれた。「🌸 記念日ディナーにぴったりな特別感あるお店」ということで一番最初に出てきた店が日本料理の「みろく」だったのだ。

「本格和食をしっかりコースで楽しむならこちら。鹿児島の旬の素材を活かし、料理長の技が光るコース料理が評判✨ディナーはコースのみで、素材を活かした繊細な料理構成です。記念日の特別感を大切にしたい方にぴったり。予約必須です。」

場所は鹿児島中央駅から甲南通り(昔でいう二中通り)を歩いて行くと、甲南高校近くのセブンイレブンと道路をはさんだところにある。ちょっとだけ失敗だったかなと思ったのはこの辺り、有料駐車場はいっぱいあって、しかも空いている上に中央駅近くより値段が安かった。今度から気を付けよう。
料理はディナーおまかせフルコースで、カールには早速日本酒が振る舞われた。
先付けは自家製胡麻豆腐の揚げ出しで胡麻豆腐が好きなカールにはぴったりだった。
前菜や汁物はやはりお正月を意識した物が出てきた。寒ブリの幽庵焼き、天ぷらは車エビ、ナス、ジャガイモとそのあたりになると本来少食のカールは「後が食べられなくなる」と言って一部を残し、それは私が代わりに食べた。メインの黒毛和牛を残すわけにはいかないからね。ペアリングコースのワインはグルジア(ジョージア)産とやや珍しかった。
私も味見くらいはしたかったが、運転者でそれは厳禁なのでグラス振って香りだけを楽しんだ。GACKTくらいになるとそれだけで百万か五千円かの違いは分かるんだろうナ。

最後の辺り、二人でいる写真を撮っていないことに気づき、店員さんにツーショットを撮ってもらった。
帰りはまた寒い中を駐車場まで歩かなければならなかった。でも、ほっぺを赤くしているカールが十分に満足してくれた様子で、私も満足、良い夜だった。

2026年1月8日木曜日

「そうは問屋が卸さない」から「転んでもただでは起きない」まで

そうだ、昨日1月7日のネタを書くのを忘れていた。水曜は外来業務や医療安全の会議などが主な仕事で、昨年10月以降はトマリンDrが来てくれたおかげで、もう一つの仕事「午後の救急外来」の担当は外れ、助かっている。おまけに諸都合で会議は前日火曜に行われ、本来は珍しくも楽な水曜になるはずだった。しかし「そうは問屋が卸さない」(この言葉も古い。昭和の後半なら『そうはスーパが買わない』、令和の今なら『そうはプラットフォーム(Amazon)が買わない』にあたるかも、笑)。

近隣耳鼻咽喉科から喉の奥に魚の骨が引っかかったので取って欲しい、当院外科Drから痔出血で貧血がひどい若者がいて内視鏡で止血処置が出来ないか、夕方近くには部分入れ歯(義歯)を飲み込んでしまったので内視鏡で取って欲しいなどど、どうしても緊急で内視鏡処置が必要な3人の患者がいた。今日の内視鏡担当Drの都合も悪く、内視鏡スタッフが私にと依頼してきたんだ。

魚骨は簡単だろうと気楽に引き受けた。しかし1回目の観察では見過ごして見つからず、「左の喉奥にある」という患者さんの訴えを再確認して見つけることが出来た。↓の画像、すぅと挿入すると見過ごしてしまいそう。

左上4分の1の所にあるやや濃い茶色の筋らしきのが魚骨だ。摘出時は半透明になっている↓ので分かるが初見では気づきにくかった。
内痔核の止血は手技自体は簡単だったが、痔だけでヘモグロビンが6台まで下がる(通常は13〜15程度)というのはよほどひどい。排便のたびに出血していたそうで、造血剤を飲むだけでは根本解決にならないと、本日緊急処置をしたわけだ。ピンクの矢印が痔核を結紮した止血ゴム。
で、一番大変だったのが部分入れ歯を誤飲してしまった高齢男性のケースだった。昼食中に元々外れかかっていた入れ歯が食事といっしょに飲み込まれてしまったという。2cm程度の入れ歯でレントゲンを撮るとまだ胃の中にあることが分かった。
多くはいずれ排便とともに排出され事なきを得る場合が多いが、たまにこの手の入れ歯が腸に引っかかり緊急手術になったケースなどある。小腸まで落ちてしまえばあきらめるが胃の中にあると知れれば取らざるを得ない。そして胃の中にあるといっても実はそれを見つけるのが結構大変なんだ。特に食事の残渣物があるとそうで、この患者さんは野菜いっぱいの味噌汁を飲んでいてなかなか見つけることが出来なかった。そこで喉にオーバーチューブを挿入し胃カメラ入れて、把持鉗子を駆使し、野菜をつかんで出して捨ててを繰り返した。30回以上は繰り返したかな。30分以上経過してようやく入れ歯の金属部位がキラリとひかり見つけることが出来た。
それを把持鉗子でつかんでそのまま引き上げようとしたが、これは私の不注意だった。先端が尖ったものは下部食道や咽頭部の狭い部位で接触出血を起こしやすいんだ。案の定出血させてしまい、ここは落ち着いて回収ネットで粘膜を傷つけないようにして回収した。その後クリップで出血部位を修復しようやくすべてを終えることが出来た。1時間半はかかってしまい、すでに就業時間を過ぎていた。
いやぁ〜、さすがに疲れた。帰宅し食事の後、日記も書けず、椅子にもたれて明け方まで寝込んでしまった。ただ、一つだけ良かったのは、処置中に「来月、医局会レクチャーが当たっているが、テーマは消化管異物だっ!」と思い立ったことだ。これまで様々な消化器疾患をテーマに語ってきたがこれはなかった。ちょうどいい機会、これまでの消化管異物疾患をまとめてみようか。ふうむ、これも使い古された言葉、「転んでもただでは起きない」ぜー。

2026年1月7日水曜日

ココちゃんは4週間後にチンチンが消えた

マーヤさんからいつもの「みてね」画像が届いていた。動画でどうやら家族でケーキを食べる映像のようだった。ココちゃんにケーキの上に載っている「Boy」か「Girl」のどっちかの飾りを取らせようとしていた↓。

ココちゃんはGirlを取ったが、その後マーヤさんが「パパはどっちだと思う?」なんて言っている。セージは「パパの希望は・・パパの希望は・・男の子でーす!」と言ってナイフでケーキをカットしていた。そして中身がイチゴではなくキウイだったのを見て「男の子でーす!」と喜んでいた。私は何を家族でじゃれ合っているん?と思った。それで、カールに「今、『みてね』にセージがケーキを切っている動画があるけど男だの女だの騒いでいるよ」と言うと、カールは真顔で「で、どっちだったの」と聞き返してきた。「ああ、キウイが出て男とか言ってたよ」というと「ほーんとぉ!」と顔をほころばした。私はそれでもピンと来ずにいると、カールが「今度2番目に生まれてくる子の性別がそれで分かったのよ」だと。「??」という表情の私。しかし、ようやく悟った。

今日、婦人科受診をしたマーヤさんがエコーでお腹の子の性別を教えてもらった。でもそれをすぐに夫に教えるより、ケーキの中身をカットすればどっちかなのか分かるというイベントにしちゃったのだった。

希望が叶ったセージは喜びに声が上ずり、何が何だか分からないココちゃんは戸惑いの表情だった。第2子は4月になれば生まれる予定で性別は男の子らしいという。いやめでたい。

実はココちゃんが生まれる半年ほど前も同様のイベントをセージとマーヤさんはやっていた。2023年12月13日、その時の動画が「ちょっと面白いよ」とセージから送られて来たので見てみると・・今回と同じように「どっちだと思う?」のマーヤさんの問いかけにセージは「男かな」と言いつつケーキを切った。そうすると中身はキウイ、「やった男かぁ」とセージは声を上げていた。え?でも生まれてきたのはココちゃん、女の子だったじゃない。「それって婦人科の判定ミスだったん?」との問いに「結論、判定ミス。ココちゃんのときは妊娠20週目で言われて判定しにくかったんだろうね」「今回は24週で言われたからだいぶ信憑性は高いんじゃないか?」とのことだった。

それでエコープリント画像も送られて来た。今日の第2子の股間の画像で、婦人科のエコー画像はよく知らないがたぶんこれがおチンチンだろう。
そしてココちゃんの4週間後の二度目のエコー判定での画像が↓で、セージ曰く「ココちゃんは2024年1月10日にチンチン消えた」だって。きゃはははー!笑っちまうぜ全く。
まあ今回はそうそう間違うことはなかろうが、どちらにしろ元気で無事に生まれてくれることを願うネ。

2026年1月6日火曜日

草野健先生を偲ぶ

帰宅後、食事も終わりくつろいでいると、てげてげ先生からメールが入った。先生からは定期的にメールが入る。今日は新年の挨拶で「飛躍の馬」とのサブタイトルが付けられていた。

「新年おめでとうございます。 ここ数年、いろんなことでお世話になっております鹿児島市谷山の浄土真宗本願寺派妙行寺の住職さんに新春のご挨拶に伺いましたら、(・・中略)と思った次第です。
 
またこれは悲しいことですが、私の学生時代から社医研の仲間でした草野君(同じ昭和22年生まれ)が、握り寿しを喉に詰まらせて急死したということです。彼をよく知る仲間からは「いかにも彼らしい最期」と言われますが、私たちの年になるとちょっとしたことが命にかかわります。息子さんが「好きだった寿司で・・・。本望だろう。錦江湾に散骨したいと思っています」ということでした。お互い、本当に気をつけましょう。

それでは皆様方にとりましていい1年でありますよう、願っております。」

ううん?草野君だって?社医研ということは鹿大医学部のサークルだから、私の大学第二内科時代の先輩Drの草野健先生のことじゃなかろうか。古い医師会名簿で生年月日を調べてみた(最近のは生年までで誕生日は載っていない)ら、先生は昭和23年の2月の早生まれだった。てげてげ先生が同年の昭和22年生だと思ったとしても不思議ではない。それでメールが来て10分後くらいに返信を送った。

「明けましておめでとうございます。ええと、草野先生というのは「草野健」先生のことでしょうか?昭和23年2月生まれで第二内科で私の直接の上司だった先生なんですが・・。」

いっしょに仕事をしたのは2年くらいだったが、主に胃カメラの操作や観察の仕方、胃透視の読影などで直接指導を受けたり、鹿児島での学会では裏方の仕事をして天文館で打ち上げを派手にやったことも懐かしい。その後は某クリニックを継承開業したもののそれは続かず、本来の胃癌検診での仕事を続け、最近では消化器がん検診推進機構の会長を務め、鹿児島県の胃癌検診のボス的存在だった。こてる日記では以前は「やぶにらみDr」とか「草の件Dr」とか表記していたが、ここ数年は公的なお方ということで本名で出していた。↓は2021年9月6日の「鹿児島県消化器がん検診推進機構」の令和3年度夏季特別研修会で挨拶をしている73歳の時のお姿。


すると、ものの数分でてげてげ先生から電話がかかってきた。メールを多数送信したら真っ先に私から返信があったからだそうだ。そして亡くなったのはやはり草野健先生で間違いなかった。私が部下であったのは初めて知ったのだとか。私もお二人が学生時代からの知り合いでサークル仲間だったとは今回初めて知った。話を聞くに、学生時代から彼の語る話は「まあ話半分に聞いていたほうがいい」とか言われていたそうで、それは私も何となく分かる気がした。「ただ、憎めない男でねぇ」と懐かしむ口調だった。あと、草野先生はラ・サール高出身で、2浪の末鹿児島大医学部に合格したが、そこから医師になるまでに12年かかったという経歴を話してくれた。ラ・サール同期には伊藤裕一郎元鹿児島県知事や詩人の岡田哲也氏などがいる。

卒業に時間がかかった話は私も少し聞いていて、団塊の世代に多い学生運動にハマったということだった。公安に目を付けられ、例えば喫茶店にいる時近くにいた彼らに挑発するような言葉を浴びせられたりしたとか、同じ頃鹿大農学部に在籍していたあのテルアビブ空港乱射事件の岡本公三とも意見を闘わしたこともあったとか(調べると岡本も昭和22年生まれで京大目指すも叶わず2浪して鹿大に入り、草野先生とは学部は違えど同学年だった)はよく聞いたエピソードだ。ほか「自分は本中毒で常に何かを読んでいないと気が済まない」「戦後の日本の生活や環境がどんどん良くなっていくのを目の当たりにした」「鹿児島の中でも地域による差別意識というのがあってな、特に鹿児島市地域のかつての武士連中は田舎に住む郷士を見下す傾向があった」など飲み会の席で聞いたりした。

最後の話など確かにそれら地域をさげすむ言い回しが現代にも残っていて私も聞いたことがある。そこで草野先生、「ただし出水だけは貶(け)なさなかった。出水兵児(いずみへこ)って言ってな。出水は肥後との国境だったのでその警備にあたって責任が重かったからだ」とも語っていた。当時、なるほどと思ったが、今日聞いたラ・サール同期だという伊藤裕一郎&岡田哲也氏は出水出身で、もしかしたら彼らからそんな話を高校生だった草野先生は聞いていたのか・・かな。今となってはそれを本人に確かめる術はなくなった。オンラインで胃癌検診の講演会での挨拶などでしか現況は知らなかったが、特に闘病中ということでもなくまだまだ活躍出来ていたはずなのにとても残念だ。まだ第二内科からの訃報メールは来ていないし新聞に死亡広告も出ていないがすぐに世間には知れるだろう。先生のご冥福をお祈りいたします。(翌1月7日、予想通り二内科メールもあり死亡広告も南日本新聞に出ていた)

2026年1月5日月曜日

アメリカのベネズエラ攻撃それとは別にアムレト・モナチェリ

最近の社会的なニュースで一番の話題はアメリカのベネズエラへの軍事攻撃だ。精鋭部隊のデルタフォースがマドゥロ大統領夫妻を拘束し、マドゥロ大統領は麻薬犯罪との関わりがあるとの名目でアメリカに移送され起訴された。

他国に侵入し、その元首を拉致(とアメリカは言っていないが)し連れ去るなんて、明らかに国際法違反であり、これはウクライナ侵攻のロシアや台湾を狙う中国に対しアメリカは批判も出来ないし今後憂慮される事態になる、という批判が日本や他国のみならずアメリカ自国内でも起きているという。共同通信と連携している鹿児島の南日本新聞もそうした批判をしていた。

ただそうした批判に対し、私はかなり違和感を覚えた。というのもベネズエラの現状があまりにもひどいからだ。原油生産が豊富でかつて比較的裕福だった国であったが、貧富の差が激しく貧困層からの支持を受けた1999年以降のチャベス政権は21世紀の社会主義を掲げ原油施設を国有化し反米的政策を押し進めてきた。チャベスが2013年にガンで死去後はそれを継承するマドゥロ政権となったが、これがはっきりし言って無能で「金がないなら紙幣を刷ればいい」ってな100年前の前近代国家がしそうなことをやって超ハイパーインフレになりトイレットペーパーより札束の方が安いなんてことになった。国民の約95%が貧困層となり国民約1/4の800万人弱が国外に逃げ出す事態になりこれはもう国家破綻状態となっていた。一応選挙でマドゥロ大統領は何度か選ばれたことになっているが、2024年の選挙結果では51%投票獲得したというが、その証拠をはっきりと示せず不正選挙であったのは間違いなかった。そしてなにより麻薬組織と政府、軍が結びつき犯罪国家に落ちぶれ、しかもそこにつけ込んだ中国が資金補助する代わりに原油を安く購入するという状況で、アメリカはベネズエラが自国とその周辺(西半球)を脅かす脅威なると危惧したわけだ。

そうした背景を深く考えずにアメリカのやり方が横暴だと批判するのは現実世界を考慮できない理想的主義主張にこだわり過ぎって気がするんだ。それとアメリカのやり方が元々気に入らない人たちが一定数いるからね。確かにいろいろな意味で世界一の国アメリカには嫌なところもある。でも、ロシア、中国、北朝鮮ほか民主主義でない専制国家に比べてどれだけマシかって私は思う。一応前述3ヶ国の首脳は選挙によって選ばれているとの体を取っているが、一般国民は現政権を表立って批判出来ない、そうすると牢屋に入れられる(言い方が古いが)か抹殺されるという点では専制国家だ。それらの国々がベネズエラのマドゥロ政権を支持していたのも笑っちゃうけどね。

今回のアメリカの攻撃があまりにも順調にいったのは何もアメリカがすごいってだけでなく、明らかに内通者がいて国内でもマドゥロ大統領一派から人心が離れていたということだ。そうでなければこんなに上手く行くはずがない。私など北朝鮮の金正恩も今回のような方法でアメリカが拉致し体制を崩壊させ、日本人拉致被害者が解放されたらいいななんても妄想するが、現時点の彼の国では国民が洗脳されているから、いくらアメリカがすごいって言っても無理だろう。

話を変えると、ベネズエラ人で知っている人がいるか言われれば、表舞台に登場するマドゥロ大統領や昨年のノーベル平和賞受賞者のマリア・コリナ・マチャド氏などを除いて、私は一人のプロボウラーしか知らない。アムレト・モナチェリ(Amleto Monacelli)だ。ベネズエラでイタリア系移民の実家がボウリング場を経営する環境で育った彼は、1980年代にアメリカのプロボウリング組織であるPBAに加入し、1989年、1990年には2年連続で最優秀選手になり、日本で行われるPBA大会ジャパンカップでも2度優勝、さらに2016年54歳時に日本で開かれたDHCカップPBAジャパンインビテーショナルで20回目の優勝を飾り、殿堂入りも果たしているレジェンドである。
現在の日本のプロボウリングで主流になっている投げ方(一般にはローダウンと呼ばれる)を駆使して小柄ながら一世を風靡した。彼は1987年に日本で行われたジャパンカップでPBA初優勝をしているが、その時の日本のボウリング界では彼のフォームに衝撃を受け「モナチェリショック」という言葉が出たそうだ。当時のオーソドックスな投法とはかけ離れていたからである。私がボウリングを始めた1991年は湾岸戦争が始まった年で、当時絶頂期にあったモナチェリはそのせいでベネズエラからウインターツアーにすぐには参加できなかった。しかし参戦後はまた優勝を重ね、メジャー大会の一つファイアーストーン大会で決勝戦に進出した。この時のゲームは私はよく覚えている。モナチェリのボウリングを見たのはそれが初めてだったからだ。

モナチェリの対戦相手は教科書的フォームで安定感抜群のデイビッド・オジオだった。トップシードのモナチェリは「勝つのは当然ボクさ」ってインタビューでも語り自信満々だった。しかしたまたま残った5番ピン、スペアの中で一番簡単な1本残りをいつもの高回転ボールで取ろうとしたらピン直前でボールが曲がりすぎてすり抜けてしまった。結局このミスが響き優勝を逃してしまう。「えっ?」と大きく目を見開いた彼の表情を今でも思い出す。この年のMVP争いは混戦でファイアーストーンでの優勝が効いてオジオは生涯唯一のMVPを獲得出来た。その他にはデル・バラードJr、ピート・ウェーバーなども有力だったがバラードはフェアレーンズオープンでの有名な最終投球ガターでの優勝逃し、その時に逆転優勝したウェーバーは他選手へのいたずら(ボールの穴にビールを入れた?)などで出場停止数ヶ月をくらい、どちらも殿堂入りを果たしながら、結局生涯MVPには縁がなかった。

いやちょっとマニアックな話題になってしまった。しかし1991年は私がボウリングにのめり込むきっかけとなった年で、ベネズエラのモナチェリ、「こてる」とならんで私のもう一つのネットネームである「デルバラド」の元ネタのデル・バラードJr、ディック・ウェーバーというボウリング界のレジェンドを親に持つピート・ウェーバー、ナンバーワン左腕のパーカーボーン3世、PBA最多勝のウォルター・レイ・ウィリアムズJrなど今でも有名ボウラーが活躍していた。私にとってのいわゆる胸アツ世代だ。

そんなモナチェリを生んだベネズエラが国民が逃げ出すような状況から脱却し再生することを願うばかりで、それのヘルプをするのがアメリカなのは、完璧ではないかもしれないが専制国家が食い込むよりずっとマシって思いたい。

2026年1月4日日曜日

代打出場のてんまつ

今日は年末年始最後の休日のはずだったが、大晦日の日記にも書いたとおり、日直担当交代の要請があり、ピンチヒッターとして病院というグラウンドに出ることになった。日当直担当は昨年5月以来で半年以上ぶりだった。

病院に着くやいなや、いきなりの速球が飛んできた。5階病棟での高齢患者さんの死亡確認である。正月の空気など微塵もない厳粛な幕開けとなったが、その後、外来に降りてみると意外なほど静かだった。訪れるのは軽症の患者さんばかり。「おや、今日はこのまま凪の一日となるか?」などと、不吉なフラグを心の中で立ててしまったのがいけなかったかも。

昼を過ぎて、再び5階病棟から連絡が入った。本日二度目の看取りだ。高齢女性の死亡確認を終え、ご家族の方を向いた時、その中に見知った顔があることに気づいた。かつてここ、青雲会病院で働いていた男性職員だった。 ちらっと視線を交わし、「今どこ(で働いているの)?」と短く尋ねると「国分で」とのこと。 生死の境にある静かな病室で、かつての同僚と交わす一瞬の現状報告。長くこの仕事をしていると、こうした不思議な再会が不意に訪れるものだ。

しかし、感傷に浸る時間はそこまで。夕方にかけて、事態は一変し、施設からの重症肺炎、股関節痛で身動きが取れない人、さらには自宅で動けなくなりコールセンター経由で救急搬送依頼があった人と、立て続けに3人の入院受け入れ要請。私の「凪」の期待は完全に裏切られた。中には気管挿管を行い、人工呼吸管理を要する重症例も含まれていた。喉頭鏡を握りながら、久しぶりの緊張感が指先に走る。 

終わってみれば、代打出場ながらフルイニングを戦い抜いたような、久々に骨のある忙しい当番業務となった。やはり青雲会病院、正月休みは存在しなかった。

2026年1月3日土曜日

あなたの娘はココちゃんでしょう

今日は夕方の飛行機で帰ることになっていた。年始の空港は混むので早めの午後の13時にはセージ宅を出た。

今回、1才7ヶ月になったココちゃんとたっぷり接することが出来た。で、一番の印象は「よーく食べる」子だ。日頃マーヤさんらが送って来る「みてね」でも食べるシーンが多いなとは思っていたが、あれだけしょっちゅう食べていたら、そうなるわな。今日は従姉の「ええな」ちゃんが遊びに来てくれたところ、やっぱり食べていた。↓は大好きなバナナをええなちゃんから食べさせてもらっているところ。

それからしばらくもしないうちに今度はみかんだ。今日食べていたのはポンカンで、私たちが鹿児島から送ったデコポンもまるごと1個平らげたらしい。
さらに丸ぼうろを食べた後はパンだ。
それでいて昼食もしっかりと食べていた。いやはやおそれいる。カールが「絶対私より食べている量は多い」って言っていたが、確かにー。

また今度会うときは食べるだけじゃなくておしゃべりもうんと上手くなってもっと楽しませてくれるだろう。それまで待っててねー、と言いつつ、まだ雪が少し残る船橋を後にした。

電車を乗り換え、品川から京急線で羽田空港行きに乗った。どうにか座れてほっとして対面を見ると、大きなスーツケースを置いて若夫婦とその娘3人が座っていた。その娘さんがパッと見た目、うちのココちゃんと一緒の年頃ではなかろうかと思えた。カールが小声で「ココちゃんといっしょくらいだね」とつぶやき、私も「うん」と頷いた。このファミリーも東京か関東の実家に行って地方に帰るところだろうか、そんな風に思いつつ、ちらちら女の子を見ていた。若干色は黒いがぱっちりしたお目々で可愛い子だ。お菓子を食べたり、ココちゃんと同じ形態のボトルで水を飲んだりしていた。
そろそろ羽田に近づこうかというころ、私は思いきって目の前に座っているパパに話しかけてみた。「失礼ですが、お子さんは今1才7ヶ月くらいですか?」すると「いや、1才3ヶ月です」という。「そうですか」と言い、デジカメを出し「ほら、私らも孫娘に会いに行ったんですがね、1才7ヶ月でいっしょくらいかなと思いましてー」とココちゃんの写真を見せた。それには「うわ〜可愛いですね」とお愛想を言ってくれたので、ちょっと驚かしてやろうと思って「いえいえ、お宅のお子さんも可愛いです。それにですね、この子、名前を『ココちゃん』って言うんですよ」と教えた。

すると、まさに予想した反応が返ってきた。「えーっ!うちの娘もココですよぉー!」ふふ、私は「ええ、そうじゃないかと思ってました」と続けた。まさか同じ名前だなんて若夫婦はびっくりしただろうねー。

これを読んでいる人もなんで私が初めて見たばかりの幼児の名前がココちゃんって分かったのか、ちょっと不思議でしょう。でも、ずっと10分以上もこのファミリーを見ているうちに、女の子が飲むボトルに「ココ」と書かれた小さな白いシールが貼られているのに、私は気が付いたのだ。それで、ココちゃんと同じ名前か少なくとも名前に「ココ」が入っていて、日頃この夫婦は「ココちゃん」って呼んでいるに違いないと推理できた。話しかけるきっかけがそれでつかめたってことだ。

まあ、全くの同じ名前ではなかったけれど、うちのココちゃんとは同学年になることも分かった。もう会うことはないだろうけれど人生何があるか分からない。名前が似ているってことで例えば同じ学校や職場でいっしょになって仲良くなったりね。まさか読むことはないだろうが、こてる日記にネタにされたと知る可能性も、ま、なくはないしー。

人生のちょっとした出会いは大事にしなくちゃ(笑)。

2026年1月2日金曜日

早起きがお得の正月

朝、6時過ぎにセージ家はみな慌ただしく起き出した。船橋には船橋大神宮(意富比神社:おおひじんじゃ)という有名な神社があり、昨日昼間にそこに初詣に行こうとしたけれど、あまりの行列客の多さに引き返していた。そこで真夜中か明け方を狙えばスムーズに参拝できるのではと、皆、前夜は早く寝ていたのだった。

6時半にはマーヤさんの運転でトヨタ・シエンタに乗って船橋大神宮を目指した。駐車場も事前に狙いを定め、徒歩1、2分のところに行くと余裕で空いていた。昨日だったら駐車場も全く空いていなかったし、ココちゃんを連れて行ったので行列待ち1時間はどだい無理なことだった。神社の前に来ると、さすがに正月だけあって参拝客はちらほらいたが、昨日とは雲泥の差、すぐに境内に入れた。露店もまだ開いていない。今川焼をこの辺りでは大判焼っていうんだな。鹿児島、熊本では蜂楽饅頭っていうのは、以前日記ネタにした↓。
で、ほとんど並ばずに参拝出来た。昨日のことを思えば拍子抜けするくらい簡単だった。
神社と駐車場の間の路地になんと「正直不動産」という看板があった。NHKのドラマと同じでちょっと笑ってしまった。中に入ったら山Pが出てきたりしてー(笑)。
駐車場でセージが駐車代を払おうとすると、なんと20分までは無料だそうで結局タダで利用出来た。いや〜「早起きは三文の得」とは昔から言うけれど本当だわ。

朝食後しばらくしてセージファミリーとカールはまたショッピング&ランチに行くという。私は例によって家でくつろぐ方を選び、こてる日記書きやネット麻雀などやって過ごした。そしてどうもこれが正解だったようで、昼過ぎに帰って来たとき、セージがやや不機嫌そうな表情だった。昨日ごろからココちゃんの反抗期が始まったようで、ごねたり、泣いたり、物を投げたりと家族や周囲に迷惑を掛ける行動が目に余ったそうだ。いつもは怒らないパパセージがキレそうだったとか。まあ私もテルやセージの幼児行動にキレて怒りをぶちまけたこともあったな。そういう時期って必ず子どもは通るものだし親は我慢かな。あと、ココちゃん、何かを食べている時はまあご機嫌なんだけれどねぇ・・↓は大好きなバナナ。
夜は食事のあと、誰かが「雪が降っている!」と気づいて、見てみると東関東では珍しい積雪状態になっていた。
外は寒かったけれど、みんな出て、雪に顔をあてがったり、足でカシャカシャ踏みつけたりして初雪を楽しんだ。ココちゃんは初めて見る雪にちょっとビビったりしていたな。いやいや、なんかしらめでたい正月ですっ。