2026年2月6日金曜日

ロボット手術

夜、毎年恒例の「大腸がん検診研究会(第37回)」をオンラインで視聴した。鹿児島県生活習慣病検診等管理指導協議会と県医師会が主催で大腸癌検診の現状報告と特別講演の2本立てだ。

特別講演は県外の有名講師を招聘してのケースもままあり、聴けば必ずためになる話が多い。ただ今回は身内というか鹿児島大学病院消化器外科助教の馬場研二先生の講演だった。テーマは「大腸がん外科治療の最前線~ロボット手術で何が変わったのか~」だった。ロボット手術とは術者が直接腹部に手をつこんでメスとハサミと糸で手術を行うのではなく、モニターを見て両手で操作器を遠隔で操作し患部にはいくつかの鉗子が突っ込まれロボットの手のように手術を行うというものだ。↓の画面がそのイメージだ。
2018年に直腸癌、2022年に結腸癌のロボット手術が保険適応になりロボット手術症例が急激に増加している状況だそうだ。ロボットのいい点は肉眼では見えない、見えにくい視野まで観察出来て特に大腸肛門の分野では直腸癌の低位(肛門に近い部位)の手術に強いということだ。これまでだと一時的にも人工肛門を作らざるを得ない症例でも1回の手術で直接縫合が可能になり合併症も少ないという。これまでの単純な腹腔鏡手術からロボット手術になり難しい直腸低位の癌の手術で一時的人工肛門造設率が80%から44%にまで低減できたそうだ。なかなかの恩恵だ。

ただ大学病院では他科も利用するため消化器外科だけがDa Vinci(ダビンチ)を使用するわけにはいかず、大腸肛門グループは月に2〜3症例しか使えないということ。だから症例を選んで行っている。あと、先進的でバリバリの外科医なら使いたいロボットだが1機2〜3億円はする代物でしかも年に1〜2千万円の保守点検費用がかかるそうだ。いや、青雲会病院ではとても無理だわ。しかしこの流れはどんどん進んでいくだろう。

もし、今自分が若くて医学部卒業して2年間の研修医の頃ならロボット手術は相当魅力的に移る。思えば内視鏡医も内視鏡スコープという単純なロボットを使って検査、治療しているようなもんだ。自分は内科医であるけれど、医師1年目の時に外科研修を半年間受けたことがあって、その時外科指導医に「君は内科より外科に向いているんじゃない」と言われたことがあった。切った張ったの外科医にはなりたいとは当時は思っておらず「どこが(外科に)向いているんでしょうか」と尋ねたら、なんと「そのいい加減なところが」と言われてしまった。むむむ、確かに地道に診察しデータを調べ治療をしていく内科的というより、さっさと患部を直接見て治療(手術)すればいいじゃんという気持ちは持っていた。内視鏡診療もしそれに近いところがある。私は「事前にああだこうだ議論するよりさっさと内視鏡で見ればいい」って内視鏡医同士の検討に際によく言うしねー。

内視鏡もこの30年40年でものすごく進歩した。他分野もそれは同じで外科も相当進歩している。外科医はなり手が少ないなんて言われるけれど本来は花形部署のはず。ロボット手術は安くなりもっと普及すればその復活にも寄与しそうだ。今日は良いものを見せてもらったヨ。

2026年2月5日木曜日

電動ドライバーは役に立つ

最近の購入物の中で「これは買って良かった」と思うもの、それは電動ドライバーだ。今まで「なくてもどうにかすませられる。そもそもネジを回したり外したりなんてたまにしかないから」って思っていた。カールも「家を建てて30年以上、なくてもどうにかなっていた」と言っていた。

でも、あればネジやドライバーがらみの作業を億劫がらずに始められるというメリットが大きいことに気がついたのだ。実はこてる家では以前から1階の吹き抜けの壁にもう1個掛け時計を付けたら・・という意見があった。新築時に大きなアナログ時計を掛けてそれはそれで日常で大いに役立っていた↓。シンプルで文字盤も見やすくとってもお気に入りの時計だ。

しかし、台所に立つとこの時計は全く見えなくなる。カールは朝夕はTV画面を見たり、手許に小さなクロックを置いたりして時刻を確認していた。そこで私は時計の配置を「反対側に置き換えたら」と提案したが、カールは居間のソファでTV見ている時には今の時計の位置がいいんだという。ふむ〜。そこでもう1個を追加することになったのだ。時計を掛けるには壁にしっかり食い込むネジを入れ込む必要がある。テーブルに椅子を乗せ私が電動ドライバーを使ってネジ入れをやってみた。
壁はずいぶん硬かったがこのドライバーのおかげでほとんど力を入れることなくネジを食い込ませられた。これで台所からも時刻確認は一目瞭然。なんだ、もっと早くやっていれば良かった。
時計も電動ドライバーも2千円程度でこれで生活の質が上がったのだからまあ安いもんだ。これでネットでの損失がなければ・・いや、それは言うまい。人生に失敗は付きもの、そう思うことも生きる知恵ってことだ。

2026年2月4日水曜日

ネット注文、ご注意あれ

やはり、この前のボウリングボール商品は詐欺だったようだ。以下のようなメールが届いた。

先日は当店をご利用いただき誠にありがとうございます。

ご注文いただきました商品についてですが、
先日ご購入頂いた商品は、現在一時的に欠品しております。
代わりを受け入れていただけますか?
せっかくご注文いただきましたところ大変申し訳ございません。

大変恐れ入りますが、下記のご注文をキャンセルさせていただきます。

商品の交換をご希望の場合は、弊社の公式LINEまでご連絡ください

我々は同等のタイプのより良い品質のを提供して、あなたはいかなる差額を支払う必要はありません。

はあ?何か変な日本語で書かれてある。字体も妙な明朝体だしー。一応、返金をしてくれと返信したがその後はなしのつぶてだ。私の頼んだボールは超人気商品で日本の他のボウリングショップでは売り切れて数ヶ月も経っているのに、そこには格安で商品があるというのがおかしかった。カールにゆうちょ銀行で1万円ちょっと払ってもらったが返ってくるがそうとう怪しい。しかも最初カードで購入しようとしてその情報も打ち込んでしまっていた。

そしてだ。今日の未明にクレジットカードで怪しい動きがあり、カード会社から問い合わせのメールが来たのよ。海外からのアクセスで私は今回のボール購入案件と関連があると思い、コールセンターの対応にもそう伝えた。それでそのカードは使用停止とし、新規で作り直すことになった。お金を引き出されずに済んだのは良かったが、カールは「私が支払った分を返さないなんて許せない。警察に訴えてやるー」と怒り心頭だ。

今回、怪しいなとは思いつつ、欲しいボールが格安だったので申し込んだのが甘かった。そこでお金の出入りをカールと確認していると、Adobeから毎月3280円が引かれているのに気が付いた。あれ?無料体験1週間は申し込んだが年賀状作ったらすぐに解約を申し込んだはず・・だった。しかし12月1月と2回も引かれていた。あわわ、こりゃいかん。すぐにアクセスし解約をしたが、2ヶ月分は仕方ないとして、実はそれは年間契約34680円の途中解約ということになり違約金1万6千円ほど余計に支払う必要が出た。くそー!たった1日しか使っていないのに2万円以上も支払う羽目になった。過去はちゃんと解約出来ていて一銭も支払わずに済んでいたのにー。

そうだ、まだあった。先月24日に気が付いたのだが、EPSONのプリンターのインクが以前Amazonでから届き「以前頼んだものだが、今度は頼んだはずないのにまた来た」と不思議だった。実はそれは1回限りのつもりだったのに半年ごとの定期便扱いになっていたのだった。たまたまAmazonの履歴を見ていたら「来月またお届けします」って項目があったからびっくりよ。即中止を申し込んだ。だいたい商品のサブスクリプション販売って企業には都合良いが消費者にはほとんどメリットがない。半年ごとというのも頼んだ記憶ないし、なにかしら間違ってその様に注文するよう仕組んでいるんじゃないかとさえ思えてきたよ。
ネットでの支払い、大いに注意が必要と身に染みた1日だった。

2026年2月3日火曜日

4連続ストライクも続けばさ〜

この時期毎年恒例の社会保険協会の「健康作りボウリング大会」が国分スターレーンであった。3人チーム戦で青雲Aチームは過去3年は準優勝、優勝、優勝と相性のいい大会だ。ただ、昨日いつものメンバーのサンシさんが「義弟が亡くなってその日は葬式があるので欠席します」と連絡があり、急遽、青雲Bチームのリハビリ副部長の石灯籠君をAチームに入れ、Bチームには鼓隊看護部長にリハビリのチクショウ主任がいてリハビリスタッフのブチリョー君に急遽参加してもらった。私たちもいい年だ、兄弟や親戚がよく亡くなる。この前の三師会も試合が終わった5、6時間後に良知兄が亡くなったと連絡があった。その連絡が半日早かったら私が不参加になっていただろう。他にCチームはリハビリで固めて、三師会にも出たカイタク、ニシタケ両君にカットエンド君も初参加した。

試合前の練習ボールでレンコンがいつもの平日夜パターンで三師会よりずっとしっかりオイルが入っていた。立ち位置は18枚目くらいでスパットは10枚目より若干外目を狙わないといけなかった。まあどうにかポケットには入るだろうと高をくくっていたが、1ゲーム目の1投目、スプリットに見舞われた。あちゃ、幸先良くないねぇ。なんと、4ゲームまでに3回もスプリットを出し、5ゲーム目は10ピンまでミスってしまった。半分まで来て55点たぁとてもマイボウラーとは思えないスコアだぁ↓。
まだ難ガター、石灯籠両ボウラーがこらえているし、他のチームを見たらほとんどがハウスボーラーだったのでチーム優勝がどうにかなると気持ちを落ち着けさせた。以前はノーサイチームにマイボウラーの強者がいて私が2ゲーム連続200アップしても優勝出来なかったこともあったが今年は大丈夫そう。しっかし、このまま不出来なスコアじゃ面目が立たない。狙いを若干もう少し外、7〜8枚目付近にしないといけないと変えた結果、ストライクが出始めた。すると前半とは大違いの4連続ストライクだぜー。
ふっふ、狙いが定まればこんなものよと最後の10フレ、5連続ストライクから200アップを目指してしっかり外側のスパットを狙った・・つもりだった。しかし↓のスコア表を見てよ・・。
な、なんとガター!この1投で30ピンは損をしたかも。その次も修正が効かず6ピンに終わり157点と並みのスコアに終わってしまった。トホホだ。
後で見直すと、スパットの5枚付近を通してしまって、さらに外側を通そうとしているものだからレーンぎりぎりに行き、ガターに落ちてしまった。要するにストライク欲しいの狙いすぎだった。

2ゲーム目はイージーミスこそなかったものの、若干オイルの多いレンコンのせいかスプリットが出てそれをカバー出来ず166とまたもや平凡なスコアに終わった。スプリットが出なけりゃ190は行けたのに・・。
しかし目論見通り、チームは優勝で、個人表彰は難ガターさんが優勝とこれで3年連続のチーム個人とも優勝で最後に記念写真を主催者が撮ってくれた(後日郵送される)。賞品は例によって電動歯ブラシだった。ははは、便利で毎回使うが半年しないうちに壊れてしまうのよねぇ。今年は大事に使いまひょ。そうそう、ブービー賞が青雲Cチームでその賞品も全くいっしょの電動歯ブラシ。個人賞の難ガターさんはモバイルバッテリーももらっていた。中途半端にスコアの良かったBチームには何もなし。残念!

前回同様ジョイフルで食事した後、帰りに私はまた国分スターレーンに寄った。久々にマイボールを依頼するためだ。実はネット注文していたフィジックス・エラは案の定在庫なしとのことで、確実に手に入る国分スターレーンのバーゲン品にあった「レギオン」という青いボールをドリル依頼することにした。1万5千円で他のボール3万円以上からすると半額だ。
それにこのボールはトラック社という老舗メーカーのものだが、私はトラック社のボールをこれまで一度も使ったことがないのもこれを選んだ理由の一つだ。過去35年、ブランズウィック社を中心にハンマー社、ストーム社、ロトグリップ社、コロンビア社、エボナイト社の他マイナーで今はなくなったモーリッチ社、レーン#1社のいいボールも使ったし、そして現在隆盛のリアクティブウレタンを初めてリリースしたニューライン社のXキャリバーもドリルしたことがある。そうだ、大メーカーだったけれど今はボールを作っていないAMF社のも使ったことがあった。すべてを覚えていないが30個以上はボールを買ったはずだ。なのになぜかトラック社のボールは選んでこなかった。最近トラック社は新製品を出しておらずいずれメーカー自体が無くなるかもしれないこともあり、これにした。

1週間から10日以内には仕上がるそうでその頃投げに行きたいが、ちょうど医局レクチャーのスライド作りと重なるかな〜。ううむ、ニューボールを練習するためにも今回はスライドを早めに作る必要がありそうだ。遊ぶためにもお仕事は頑張らなきゃってことー!

2026年2月2日月曜日

写真や動画の管理

この25年ほど、毎日毎日、デジカメで写真を撮ってはそれをパソコンに保存し続けている。その写真はMacの「写真」ソフトで管理していて、各人の顔写真をタグ付けしいつでも検索できるようにしている。ただそうすると、保存用のSSDも容量の限界(1テラなのだがすでにいっぱいいっぱい)があり、古い写真は時期が来たら必要な写真以外捨てているのが現状だ。でもせっかく撮った写真なので全て別のハードディスクかSSDに保存はしている。ただそれすら段々面倒になってくるのよねえ。

昨日の夜は昨年後半の写真をすべてSSDへ保存する作業に追われた。おおよそ4、5日分を一つのフォルダに入れ、時系列で保存していく。あとで見やすいようにフォルダにイベントや内容が分かるよう簡単な名前を付けていく作業もある。それをしておかないと後で面倒が起きる。見たい写真や情報が検索しにくくなるからだ。SSD保存の写真もタグ付けできたらすごく便利なのだがー。

最近はAmazon Primeに写真保存をしてくれるサービスがあるのでそれも利用している。最初のセッティングさえしておけばSDカードをパソコンに差し込んだ時に自動的に取り込んでくれる。動画は5Gまでという制限があるが、写真は制限がないので助かる。ネットでのいわゆるクラウド保存なので容量を気にする必要がないのもいい。人物でもAIが一応自動で仕分けしてくれる。ただ、まだ完璧ではなく似たようなお顔にはそれぞれ別人がいっしょに出てきたりするが・・。

ともかくも写真は人物別に仕分けるのが一番で、私の場合、ほとんどがスナップ撮影なので利用価値もたいていそこにある。最近ぐーんとその数を増やしてきているのがココちゃんだ。ま、そりゃそうだよね。おしゃべりも出来るようになってきて、それらは「みてね」を通じて毎日のようにお手軽に視聴できる。写真もいいがやはり動画が見ていて楽しい。この前の動物の鳴き声がが出る絵本のは可愛かったナ。お年玉で買ってもらったものらしいが、ペン先で動物の絵を押すとその鳴き声が聞こえるというもの。それを真似するココちゃんが可愛い↓。

こんなのも時が経てば忘れるか、あ、あれはどこにあったかなと探すのが面倒になる。だからこそ、写真や動画の管理は今のデジタル時代ちゃんとしておきたいんだよ〜。

2026年2月1日日曜日

ネットとオールドメディア

久しぶりに何の予定も入っていない日曜日で、朝から机に座ってネット、写真整理、日記書き、医局レクチャーの準備、染髪など自宅で出来ることをあれこれやりつつ過ごした。こんな時、以前はTVやビデオを見るというのがあったのだが、それをする割合がぐっと減ってきている。朝ドラや大河など連続ドラマも私は見ていないし、ニュースですら大半はネットで知ることが多い。ドッキリGPなど好きなのだがそれすらビデオ録画で1週間後くらいに空いた時間に見るくらい。ほんとネット9:TV1くらいの生活になってしまっている。

ただ今、衆議院選挙真っ最中でそのあたりの情報を得るのもネットが一番多く、ついで新聞、TVだ。ネットでは新聞やTVを「オールドメディア」と呼んで揶揄すらしている。今回の解散にあたってそのオールドメディアは「大義がない」「国民生活や物価高への対策を優先すべき」などと言い批判的な論説が多かった。しかし今回の解散についてさほど非難すべきものではないと私は1月20日の日記でも書いた。そのオールドメディアが言うように高市政権の取った態度が悪いなら選挙で自民維新連立政権の立候補者に入れなければいいだけだ。日本の場合、国政選挙が数年に1回あり、へたすると現政権がひっくり返ることすらある。その時も書いたが、国民はバカじゃない。生活に直結すると思っているから自分にとって一番助けになる候補や政党に投票する。時には扇動する候補者やそれを後押しする勢力に乗せられしっぺ返しを喰らうことはあってもそんなのはそれこそ化けの皮が剥がれて数年後の選挙を勝ちきることは難しい。

ネットもフェイク情報など多々あるので注意は必要だ。で、そのオールドメディアも最新情報では自民が過半数の勢いと選挙情勢を報じていた(朝日新聞)。ふむ、ご高説を聞くよりそっちは信頼できそうだ。ネットではいくらどっちの党が優勢だぁなんて言ってもその根拠がはっきりしない。ま、オールドメディアと揶揄されても長年培った実績と組織力はまだまだ負けていない。今回の選挙、政権の趨勢よりもネットとオールドメディアの今後の行方を見ていく上でも注目していきたい。

2026年1月31日土曜日

カール、着付け教室新年会へ

午前外来業務を終えて、私はモスバーガーで昼食を済ませ、いったん帰宅した。そしてカールからのお迎え要請をしばらく待っていた。今日、カールは着物の教室の先生方とシェラトン鹿児島で新年会があり14時半から15時ごろにお迎えに来てと頼まれていた。食事もお酒もたしなむので自分の車では行けなかったのだ。

「14時半にホテルの前で」と連絡があり、20分前に家を出た。そしてまさにジャスト14時半にホテル玄関前に着くと、カールが上気したお顔で乗り込んで来た。開口一番「飲み過ぎて2回もゲロってしまったわ〜」だって。

料理も美味しく「城山よりもこっちの方が美味しい気がした」そうで、お酒もビールにワインが赤白とあってついつい飲み過ぎてしまったとか。それと、比較的地味目の着物の参加者が多かった中で、若い人はまあまあ派手目のものを着ていたそうだが「カールさんの(着物)が一番目立っていたわ」と言われたそうな。そのオレンジの花と青の葉茎のデザインの正絹(しょうけん)の着物は37年前の2月の結納の時にも着ていたのを覚えている。カールは「着物はほとんどをギボヒサコが決めて仕立ててくれたけれど、この着物だけは自分が気に入って仕立ててもらったものなの。これを着られるのも今ぐらいまでかなと思ってー」とセレクトした訳を教えてくれた。

お茶をやっていたカールは、結婚後毎月の茶会に出席するのに自分で着付けが出来たらいいなと思い、バンブックさんに聞いて近くの着付け教室に数回通っていた。しかし、テルを妊娠し、その後も子育てに追われ、お茶会そのものにも行けなくなり着物も着ることなく過ごしていた。4、5年前に沖縄のギボヒサコやオーバーバ、ヨーコバーバらの着物の整理をする必要があり、見ればまだ着られるいいものがあり、何十着も鹿児島に持ってきた。そこで本格的に着付けをまた習いたいと3年ほど前から「前結び宗家・きの和装学苑」に通っていたのだ。一昨年、ココちゃんのお宮参りに時に着た薄黄色の夏物の着物は「結婚の時に持って来ていたのに、それまで一度も袖を通していなかった」代物だったそうだ。

後で、師匠の先生と理事長といっしょの写真を見せてもらった。
中央の男性が創始者の母(故人)の後を継いだ理事長で、その奥さんが左端カールの後ろにいる女性で指導面のトップは彼女ということだ。彼女は新潟から嫁に来た。カールから聞いて面白いと思ったのが、この和装教室が全国展開をするにあたってそのテキストの文面に修正すべき点があると彼女は指摘したらしい。というのも、一見共通語らしい表現だけど鹿児島でしか通じないものが多々あったそうな。代表的なのが「直す」だ。鹿児島弁で「これを直しておいて」と言われると、無論、修繕や修復する意味もあるけれど、「片付けておいて」の意味で使われることも多い。鹿児島県人同士なら問題ないかもしれないが、「これではいけない」とテキストを全国に通用するように変えていくのが意外と難儀だったらしい。ほう。↓は帰宅直後のカール。そして「自分の着物なのにまだ一度も着ていないのがまだ何枚もあるのよ」とも。

ともかくも、美味しい食事とお酒、そして好きな着物を着られて大満足のカール様であった。

2026年1月30日金曜日

誰がPTでOT、STか

夜、リハビリチームの新年会があった。場所は姶良の居酒屋「わび助」でこれまでも何度か行ったことがある店だ。18時半から始まるというのでちょうど時間通りに着いた。リハビリスタッフが総勢40名くらいいたのかな、私は乾杯の挨拶を頼まれていた。私の席には石灯籠副部長や松奈々さん、美田さんなどいて、飲み物の注文もし、後は乾杯の音頭をするはずだったが・・なかなか始まりの合図がなかった。料理はすでにある程度運ばれているのに何と30分経った19時になってもまだ乾杯が出来ないでいた。ごく一部の参加者には飲み物がまだ届いていなかったけれど、「こりゃいかん、もう乾杯をしよーよ」と私が催促し挨拶をした。

「みなさん、新年おめでとう!では乾杯ー!」

話の枕も一言もなく、あっという間に済ませた。これなら私でなくたっていいくらい。でも、待たせ過ぎだったもんね。その後、食事に飲み放題にとワイワイガヤガヤと会は進んでいった。私は元々飲まないし車の運転もあるのでソフトドリンクのみだったが、おしゃべりは好きなのであれやこれやで盛り上がったな。

その中で石灯籠副部長にリハビリの職種をドクターはあまり意識していないことを指摘された。つまりリハビリスタッフは理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)に分かれるが、そのスタッフがリハビリ所属とは知っていてもPTかOTかは把握していないことが多いというのだ。石灯籠君の職種はPTとは何となく知っていたが、「市葉旗部長はどっちですか」という問いに私は自信たっぷりに「PTだろ」と言ったら「ええっ!部長はOTですよ」と指摘され、あちゃーとなった。その後も次々に質問され、何と正答率は半分もなかった。10年以上も勤務しているスタッフですら正解は半分ほどで石灯籠君に「これは今年の努力目標かもしれませんよ」なんて言われる始末だった。↓は勤務20年は経つ市葉旗部長。職種を間違って覚えていてどーも済みません。
リハビリ専門医のヨシダーキDr↓。彼はさすがに全員の職種を把握していますって。
そもそもリハビリスタッフと話をするときにリハビリの依頼や進行具合を聞くがドクター特に内科系はそれが理学療法か作業療法かはあんまり意識していないのよ。それで25年もやって来て不便を感じていないんだから。あれだな、病棟で看護師さんの名前を知らなくても「看護師さん、これお願い」でだいたい済むから個別に看護師の名前を覚えていないのといっしょだ。

ふむ、これからリハビリスタッフと話をするときは職種当てをしてからにしよう。そうすれば自然と覚えるはず。そもそもPTは「起きる・歩く」等の基本動作、OTは「食事・入浴」等の応用動作や精神的ケア、STは「話す・聞く・食べる」機能の改善を専門とし、連携して自立を支援する。青雲会病院での割合はPTが一番多く5割くらいでOTが4割、STが1割くらいかな。

宴もたけなわの頃、リハビリ専門ドクターのヨシダーキ先生の挨拶があり、シマッチ先生もし、私もまた改めて挨拶をした際、「今年は誰がPTでOT、STかを覚えます」とみんなに宣言した。リハビリスタッフとはこの前の三師会ボウリングにも出てもらった上に、今度社会保険協会のボウリングにも参加してもらう予定だ。なのにこれまでがちょっと疎遠すぎた。今日の日記タイトルのように職種の当てっこで親睦も深まるというものだ。ふむ、年末にはみんな職種を当ててやるからかな〜。

2026年1月29日木曜日

リモートって

今度の土曜日が勤務のため、代わりに今日の午後は休みだった。週半ばにこうした休みは有り難い。夕方の仮眠が覚めた後、天鳳をやろうとアクセスすると・・な、なんと対戦相手がスーパーたっつんだった。元青雲会病院非常勤内視鏡のDrだ。リアルでは2、3ヶ月に1回くらい打つ相手だが、ネットでの対戦はこれが2度めで、前回は去年の4月7日だから年に1回当たるかどうかの珍しい対局だ。前回は私が3位、たっつんが4位でかろうじて私がラスを逃れた。

で、今回の結果はというと・・
序盤に手牌に恵まれた満貫ツモで最初は私がトップ目だったが、中盤以降はたっつんのリーチ攻勢にたじたじで、オーラスを迎えたところで、たっつん3万2200点、私が3万1300点、下家のkeiboが3万300点と3者が横一線で、千点でも上がったものがトップを取るという大接戦だった。そこで聴牌一番乗りした私が2千点を下家から出上がりたっつんをかわしてトップで終えられた。
ふう〜。すぐにたっつんから「途中のバカツキで、もう少しでトップ取れそうだったけど、負けました〜。完敗です。先生とあたるの、滅多にないですよね。」とLINEが来て、これに対して私は「いや〜、たっつんと当たって『うわっ』って声を上げました。」戦況感想に対しては「何をおっしゃる。最後、誰でもトップの場面、たっつんのポンで聴牌出来たのが大きかった。」と、ぎりぎりの攻防で最後は多少のラッキーがあったと返した。

現在、たっつんは四段だがもう少しで五段へ上がりそうな勢いだ。対して私は六段坂を転げ落ちて615ポイントと五段が近くなってきている。ついこの間までは七段近くまで行っていたのにさー。まあ、たっつんと打ってみて段位ほどの差はほとんどないと思えた。実際リアル麻雀でも私がちょい勝ちくらいだ。このところたっつんはリアル麻雀はやりづらい状況らしい。というのも、子ども二人が大学受験と高校受験を控えていて、子どもらが頑張っているのに・・ってことなんだそうな。それにくらべネット麻雀はまあちょいとしたスキマ時間に自宅で打てるからOKなんだ。

改めて見れば、リモートワークが普及して来ているこの時代、麻雀打つのも当然のようにリモート(遠隔)で出来るようになっている。ネット社会は有り難きかな。

2026年1月28日水曜日

「ボウリング、しませんか」

昼、LINEに連絡が入った。用件はなんと「今度いっしょにボウリングをしましょう」だった。

「鹿児島大学眼科のナカダイと申します。ナベダイ先生からこてる先生がボウリングをしており、大会にまで出場しているとお聞きしました。私もボウリングをたしなんでいまして、よろしければ機会のあるときにご一緒できないかと思いLINEさせていただきました。今後お誘いしてもよろしいでしょうか。よろしくお願いいたします」

いやいや、実はこれ、私の方から当院眼科のナベダイDrに頼んでいたのだ。というのも、昨年病院に届いた鹿大眼科の同門会誌の趣味・レジャー欄にナカダイ先生(50代)という人が「ボウリング始めました」と投稿されていたのを知っていたからだ。なかなかハマっているようで、同教室の30代のフナダイDr、コメダイDrに誘われて始め、1日6ゲーム投げても平気になったとか、マイボール持った写真付きで出ていたのを見て、ぜひいっしょに練習したいとナベダイDrに伝え、LINEでメールしてもらうようにお願いをしていたのだった。

フナダイ、コメダイDrらは指が血まみれになりながらも投げて、右親指が左より明らかに太くなってしまっているとか↓。なんだか私がボウリング始めた30代の頃を思い出した。

ボウリングにハマり始めた頃、いっしょに投げる人を探すのももどかしく、かつてのトーフクボウルで一人で20ゲーム投げたことがあって、さすがに指が切れマメも出来て「こんな無茶はしちゃいかん」と反省したものだった。それ以降は1日10ゲームは超えないようにしていたが、最近は投げてもせいぜい4ゲーム、ほとんどは3ゲームで切り上げる体たらくで、眼科同門会誌を見て若手ボウラーに混じって練習してみたいと思っていたのだ。

投稿欄によると「ストライクをとると「もうボウリングはわかった」といって満足そうに微笑むフナダイ先生、ストライクをとっても「違う!理想のストライクはこれじゃない」と首をかしげて悩みながらも投げ続けるコメダイ先生。楽しみ方は人それぞれです」とある。フナダイDrは楽観派、コメダイDrは悲観派のようだ。私はどっちやろ。どっちかと言えば悲観派もしれない。投げているうちにああじゃない、こうじゃないとやりがちだから。

そこで実に6年ぶりにニューボールを注文することにした。昨年ストーム社から出てNo1ボールと大方のプロボウラーから評価されたのが「フィジクス・エラ」というボールだ。実はもう品切れでどこのボール販売店を見ても売っていなかったが、ネットでしつこく調べて並行輸入を扱うところに比較的安くで売られていて、15ポンドを振り込みで注文してみた。ただ、その会社が初めて聞く名前で本当に大丈夫か心配ではある。もし詐欺かなんかだったらその時はあきらてちゃんとしたところから3万以上はする別のボールを注文だな。
いや〜、ここ数年、ボウリングネタはほとんどなかったが、急に慌ただしくなったね。まあちょっとしたきっかけがあればこうなることは分かっていた。2月前半は私も仕事で忙しく後半あたりにいっしょに練習することになりそうだ。また日記ネタにしよう。

2026年1月27日火曜日

パナソニックシェーバー電池交換、完了!

さて、このところ自宅ではヒマついでにパナソニックの茶色シェーバーの「なめネジ」外しに試行錯誤を続けていた。使用器具は、この前ネット購入したANEX社製「なめた精密ネジはずし」という身も蓋もないネーミングのドライバーで、最初は上手く行かなかったと日記にも書いたが、「回すというより押しつけ8割の力でじっくりゆっくり逆に回していくと取れます」とのネット動画での解説を参考にそのようにやってみていた。↓の画像を見れば、本来⊕のネジが、なめるどころか相当に掘られえぐられているのが分かるだろう。金属の微小破片も見られる。これが1月26日朝の状態だった。

葬式も終わって帰宅後風呂にも入り食事も済ませた後、習慣のように私はまたなめネジ外しを始めていた。と、いつも感触が違うことにすぐに気が付いた。な、なんとなめネジが浮き上がって来ているじゃん!うわーっ、これ外れるよ、やったーっ!
「なめた精密ネジはずし」はダテではなかった。ゆっくり確実に穿っていくことで摩擦力が生じ外れていったのだ。↓チャレンジして13日目、ついに外れたなめネジ。

この後、青色シェーバーで経験済みの電池交換はすんなりと出来た。へへへ、パナソニックシェーバーの電池交換作業の商売が出来そうだぜぇ〜。
そして、せっかくだから電動ドライバーも使ってみた↓。今回購入した作業グッズでは一番高い1976円だ。
なめネジの代用はニシムタで同サイズの精密ネジを探し132円(12本)で済んだ。ともかくも合わせて5千円ほどで使えなくなっていたシェーバーが復活出来た。この前買ったシェーバーも3年後くらいには電池切れで使えなくなるだろうが、今回の一連の作業の経験を活かし今後は電池代700円弱で済ませられる。今回復活した青色シェーバーは沖縄実家に、茶色シェーバーは院長室に置くことでひげ剃りのことを心配しなくて済むのもいい。それに今後電動ドライバーって使えばネジ作業が楽になることも分かった。いや〜、めでたしめでたし〜。

2026年1月26日月曜日

良知のお葬式

鹿児島から頴娃まで行くのに本当に近くなった。高速と錫山街道、南薩縦貫道を利用すると鹿児島の伊敷から石垣、御領まで57分くらいで着くとはー。私が子ども時代、市内を通って知覧峠を越えて行く必要があったので1時間半くらいはかかったのではないか。産業道路が出来て少しは緩和されたがとにかく鹿児島市内を抜けるのに時間を要したものだった。

頴娃に入ると遠く海岸線の向こうに薩摩硫黄島がきれいに見えた。
私が「昔、僧俊寛が硫黄島に島流しに遭って他の人は許されたのに俊寛だけが取り残された逸話があるよなぁ(平安時代末期は鬼界が島と呼ばれていた)」と言うと、カールは最初「へー、知らないわ」との反応だったが、「ほら、歌舞伎役者の中村勘三郎(勘九郎)が実際に硫黄島で「俊寛」をやったんだよー」と言うと、「あっ!私、勘三郎が鹿児島市に来た時にギボヒサコと舞台を見に行ったんだ。その時それをやっていたー」と思い出した。「ほら〜、知っていたじゃない」すると「ギボヒサコもあっちで今頃『あら〜良知さん、来たのねぇ』って言っているかも」とつぶやいていたヨ。

今日は高校同窓生のSさんも来ていた。彼女は「久しぶりなのにこんなところで会うことになるとは」と話し、生前の良知とも数回会ったことがあって、「とてもにぎやかで頼もしい方でした」と語っていた。ヒカル姫もDSKも一人立ちし、良知は少なくとも子育てでは思い残すことはなかったかもしれない。ただ、自身はまだまだこの世でやりたいことはいっぱいあったろうなー。

読経も火葬場でもしばし待つ時間があった。これは無駄ではなく故人との思い出や見送るための気持ちを整える時間に思えた。喪主の長女ヒカル姫が火葬の間に「みなさん、しばらく待ってくれると故人もこんがりと焼けますので・・」と挨拶して、皆ふっと笑った。いかにもヒカル姫らしい言い方で良知もうつむいてニヤけたに違いない。収骨場に行くと、こんがりどころかがっつりと焼けて生前の面影はなく本当に骨になってしまっていた。骨壺に骨を収め、一連の葬儀はほぼ終わった。遺族はまだいくつもやることが残っていよう。

私たちは遺族に挨拶をした後、鹿児島へ戻った。私も残り人生を考えるとせいぜい20〜30年程度しか残っていない。大事に生きなきゃな。

2026年1月25日日曜日

みやび会館、通夜へ

明け方、ヒトミンチョから電話が来た。ああ、その電話を受け取る前に何の用かは分かっていた。

涙声で「良知が・・亡くなりました。午前0時半・・」と。

今日の夕方17時から通夜、明日午前11時半から葬式があるという。スマホで確認すると午前1時ちょうど、LINEに「良知が亡くなった」と連絡があったが、その頃は寝ていたので気が付かなかった。そうか、1週間前に指宿の病院で見舞った時にはもうまともに会話は出来ていなかった。その前12月21日に見舞った時はきつそうながらも会話やスマホを見たりは出来ていたが・・。約1年近くの闘病生活の末ついに力尽きたのだった。数え年で71歳、今の時代まだまだ早すぎる死だった。

夕方、頴娃のみやび会館に行くと、いとこ連中らがすでに集まっていた。しかし最初に会って挨拶されたのは良知の長男の嫁さんの母親だった。互いに初めて会ったのだが、実は彼女、すでにこてる日記には6年ほど前に登場していた。彼女は私の高校時代の同級生Sさんの姉で2019年の末に交通事故に遭い意識不明になって入院をしていた。心配したSさんは私に電話をし相談をして来た。1時間近く相手をしたが、「命に別状はなくしばらく様子をみるしかないのでは」と話した記憶がある。それから数ヶ月経った2020年3月10日にSさんから電話があり、姉が回復し「今日、退院したー」との連絡があった。それがその日の日記ネタになっていた→「プロウラー初投げ、Sさんからの電話」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2020/03/s.html

電話が来たのは、昨日投げて大活躍したマイボールの「プロウラー」の初投げの日でもあった。1ヶ月間もの間「全く記憶はなかった」そうだが特に後遺症もなく回復されたのは何よりで、その後偶然にも娘が良知の長男DSK君と結婚したと知り驚いたものだ。それが分かるきっかけが作曲家吉俣良の存在だった。DSK君が結婚相手の母親に挨拶に行った際に、叔母にあたるSさんがその場にいたか話題になったのだろう。「吉俣良と高校時代同級生だった」と話の折に出たらしい。するとDSK君側も「うちの叔父のこてるも同級生だった」と返したところで、発覚したのだった。きっと通夜か葬式には来るはずで私も挨拶しようと思っていたところだった。

良知は棺に収まり静かに眠っていた。生前より若干痩せていた。通夜席のモニターにはここ30年ほどの写真が映し出され、家族写真や旅行、バイクでのツーリングの写真など楽しそうな姿がたくさんあった。本人以外の写真にはなぜかスイカ畑の写真が・・。ここ数年、良知がスイカを作っては親戚や知り合いに配って喜ばれていた。

思えば、私が家を建てた時も庭木もいっしょに選んでくれたり、その後も家の立て付けで困ったことがあったらすぐに来てくれとにかく腰が軽くて頼りになる存在だった。これまでのこてる日記では「ヨカトモ」の名で何度も登場している。タイトルにも登場したのが2020年11月で「ヨカトモ兄は神!」https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2020/11/blog-post_10.htmlだった。たまたまこてる家を訪問したヨカトモにカールはあれもこれもと頼み事をし、それらを全部ヨカトモは手助けしてくれたのだった。

そんな彼を偲ぶ会話が通夜の席であちこち聞かれた。明日の葬式に出るために私は青雲会病院の畠鏡総務部長や病棟に電話を掛け1日休みをもらうことと患者への指示出しなど済ませた。明日もまたこの会場だ、いったん自宅へ戻り、しばしカールと亡き従兄の思い出を語りあったのだった。

2026年1月24日土曜日

姶良地区三師会ボウリング大会をぶっちぎる

夕方16時から「姶良地区三師会ボウリング大会」があり国分スターレーンへ向かった。「三師会ボウリング」は姶良郡の医師会、歯科医師会、薬剤師会の対抗戦で年に1回は開かれていたが、コロナでこのところずっと休止状態にあった。そればかりでなく2016年頃から「マイボール禁止」になったこともあって、私は参加を見送ることもあった。しかし昨年12月1日のこてる日記「マイボール禁止に抵抗する→https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2025/12/blog-post.html」で書いたようにマイボールOKにするので参加して欲しいという姶良郡医師会の要請に応えることにしたのだった。

青雲会病院からはいつもの難ガター、サンシさんとチームを組み、リハビリからもう1チーム計2チーム参加したつもりが、あれれ、他に3チームが参加していた。実は医師会からの参加ではなく、歯科医師会からの参加だった。青雲会歯科口腔外科のスタッフや外来のスタッフが「子どもたちも参加させたい」と参加申請していた。ボウリングってファミリー層にはまだまだ人気やねぇ。

さて、5分くらいの練習ボールでいつもとレーンコンディションが違うことにすぐに気が付いた。曲がり過ぎるんだ。先月から3回練習に来たがそこそこオイルが塗られていて、立ち位置はほぼ真ん中右端から17〜18枚目に右足を置いて投げていた。今回はその位置から投げるとボールは大きく曲がり左側に流れてしまう。そこで左に10枚ほど立ち位置を移動しボールを右半分めがけて投げるラインを試した。するとレーン奥でボールは曲がりストライクポケットに絡むようなった。うむ、一応狙いはそれでいいが、こんなラインは曲がり過ぎたり逆に曲がりが弱かったりでスコアが出にくいことが多い。「ちょっと苦戦するかも」と難ガターさんと話したが、サウスポーのサンシさんは「左側のレンコンはそんなにオイルが少ない感じがしない」と普段通りの攻めでやれると踏んだようだ。

でもね。いかにも本格的なボウリングのことを書いたけれど、周りを見渡すとマイボウラーのチームってほぼ私たちだけ。青雲歯科医師会チームにはボウリングが初めてという子どもたちもいて「投球補助台」とか「ボールスライダー」って言われる補助具を使って投げる子もいてさー、全然雰囲気が違うのよ。
場違い感はあったが、そこはそれ、せっかくマイボールOKにしてくれたんだから真剣に投げよーぜー。で1投目、はいストライク!ボールをレーン右に投げれば自然とポケットに集まりストライクが連発出来た。難ガターさんもボールの曲がり過ぎに苦慮していたが徐々に慣れてきて171点とそこそこのスコアでまとめた。サンシさんはというと、200台か130台かという良い悪いがはっきりするケースが多いが、1ゲーム目は悪い時のサンシさんパターンだった。なんと131点。いつもは鹿児島市内のサンライトかT-MAXボウルで投げているせいかな。何度も首をひねっていた。で、私というと自分でもびっくりの232点。いやいや、ここ3回の合わせて9ゲームの練習でも一度も200アップは出来ていなかったというのに本番でこんなハイスコアを出すとは!↓なんか、若干失投気味なのにきれいにストライクになっている。オレってこんなに本番に強かったっけ?
で、2ゲーム目も1フレーム目にスプリット出してミスしたがその後は全部スペアかストライク、それでまたもや200アップの203点。ぶっちぎりの個人優勝だった。難ガターさんはまたも171点、そしてサンシさんは201点とまったくいつものサンシさんだった。
そして私たちは全員60歳以上ということで1ゲーム10点のハンディもあったのよ。だから当然チーム優勝もして、医師会の団体優勝にも貢献した。それで賞品をもらうときに今回の主管歯科姶良地区歯科医師会の谷口拓郎会長から「ぜーんぶもっていくつもり?」なーんて言われちまったよ。
リハビリのチームは男子二人カイタク&ニシタケ君はいかにも若者らしいスピード中心の直球でまずまずも、女子のセーリングサウンドさんはほとんど投げたことがなくてガターばっかしだったもんだから、ゲーム中に投球法を簡単に指導した。すると、ともかくもボールがピンに当たるようになりどうにか形になった。そうそう、ボウリングって基本を知れば割と簡単にスコアアップするもんなの。今日初めてボウリングを体験した子どもたちもピンが倒れる喜びを知ってもらってボウリング好きになって欲しいな。

後は最近の定番、ジョイフル国分府中店で食事して帰宅した(以前の定番店、国分馬酔木は昨年末で閉店していた)。いや〜、姶良郡医師会にも面子が立ったし、なにより久々にボウリングでスカッとする気分になれた。来月も社会保険協会や姶良地区消防署のボウリング大会がある。また練習しとかなきゃ!

2026年1月23日金曜日

ようやくの入浴

この前大寒を迎えたこの時期、やはり寒いねえ。出勤時の気温は3℃だった。今日の午前外来は医師事務作業補助者のコンフォートさんが付く予定だったけれど、彼女の娘がインフルエンザに罹ったとかで、なしになった。彼女自身は特に発熱もなく元気だったが念のためということで仕方がない。

その中で定期受診に来た高齢男性で常連のテルユキさん、診察の帰り際に言うことにゃ、「いや〜寒くなってきたんで、昨日から長袖を着るようにしました」。えっ?!「それまで半袖だったの?」私は外来師長のずっしりさんと目を合わせた。寒さに良い意味で鈍感なのか、ただ変わっているだけなのか。あっという間にテルユキさんは去っていったので本当のことかどうかは定かではない。

夜、カールが「今日はお湯を浸そうと思って・・」と何と昨年夏にバスルームを新調してから初めて浴槽に湯張りをしようかとなった。カールも温泉好きの割りには自宅での湯張りはこれまでしてこなかった。私も毎日体を洗わないと気が済まないが、入浴にはこだわらないタイプだ。シャワーで十分って感じね。しかし寒くなってきてさすがに体を温めようということで、自動湯はり機能のスイッチを押してみた。少し待つとじわじわーっとお湯が噴き出して来て蓋をしてしばらく待った。

合図の音が鳴り、見ればちゃんとお湯が張られていた。カールから「これを入れてくれない」と入浴剤を渡された。
へーえ、入浴剤は昔はバスクリンていうのが一番有名だったが、そのバスクリンはブランド名は残っているものの、会社は昨年まででアース製薬に吸収されたらしい。今回はバブっていう製品を浴槽に投げ入れてみた。
しばらく経つと・・。薄紫色にお湯が変色していた。
久しぶりにお湯に浸かってみて湯上がりが確かにぽかぽかしこの時期には合っている。せっかくお風呂を新しくしたのだからたまには利用しなきゃだね。ただ、新調して一番良かったのは事前にボタン一つでお風呂内を暖房しておけることだ。これでいわゆるヒートショックをある程度防げる。私もすでに高齢者の仲間入り、入浴には細心の注意を払わねばってこと。ともかくもしばらく寒さは続くそうだから、また入浴剤使ってお湯に浸かろうぞ〜。

2026年1月22日木曜日

しぶとい「なめネジ」

ここ最近の私の悩みのタネ、それはなめネジ取り外し問題だ。こてる日記でも1/14、1/17に話題にしている。その後、電動ドライバーとネジ取りビットなる商品もAmazonで取り寄せネジ外しを試してみた。


しかし、これが全然ダメ。ドラーバーもビットも一番安いヤツを選んだのが良くなかったのか、ネジ頭に全く食い込まずびくともしない。電動ドライバーもAmazonでは一番人気とあったが回転力が弱くマキタの1万クラスのものと比べていかにもひ弱い。

そこでYouTubeで1000円ちょっとするが手力でぐいぐい回して外すタイプの「なめた精密ネジが外せる」というAnex社製のものが良さげに思えた。投稿者は「これで1年も外せなかったパソコンのケースが外せた!」って喜んでいたしー。
で、さっそく試してみたのだが・・。
やはりほとんど食い込まず外すことは出来なかった。はぁ〜。

いや〜、しぶとい「なめネジ」だこと!誰かこの精密なめネジ、取り外せる人はいないかねぇ・・・。

2026年1月21日水曜日

堅実だが爆発はせず

先週に引き続いて、難ガターさんと国分スターレーンへボウリング練習に出かけた。水曜日は60歳以上は1ゲームタダになるそうで(ただし2ゲーム以上プレイする必要あり)3ゲームを申し込んだ。シューズのソールも事前にボンドで修復し、テーピングもミスなく出来て、どうにか昔のようにスムーズに投げ始めることが出来た。

レーンコンディションは先週とほぼ変わらずアウトサイドにしっかり投げれば奥でグッと曲がってくれるまあコントロールしやすいパターンだ。ただ難ガターさんは1年前にドリルしたマスターマインドゼロXDの動きに慣れなくて苦慮していたな。前回使用のマスターマインドインテレクトは奥で大きく曲がるボールで彼には合っていたが、そのボール昨年久しぶりに取りだしたらヒビが入っていておじゃんだった。同じ銘柄同じコアでも表面カバーでボールの動きは大きく違う。今日のレンコンでは以前のボールの方が合っていたようだ。

私はこのところの投球の中では一番安定していた。特にスペアはほぼ確実に取れていた。↓を見て分かるようにミスしたフレームはスプリットのせいくらいで、1本残り2本残りは全部スペア出来ていた。
アベレージも179とまずまずで練習不足の割りには良好だ。ただストライクが連続でなかなか出ず、ハイスコアにはならなかった。ボールも結構傷んできている。もう6年も前に買ったボールだ。とりあえずは現状で頑張るが、こうして練習すればまたニューボールが欲しくなるナァ。本日のストライクと良かったスペアの動画を↓にどーぞ。
今日の練習成果を例えて言うなら「堅実だが爆発はせず」ってところかな。

2026年1月20日火曜日

朝日が噛みついたけれど・・

1月19日に高市首相が記者会見を開き、23日召集予定の通常国会冒頭で衆院を解散し、27日公示、2月8日投開票の日程で衆院選を行うことを表明した。これについて朝日新聞が社説で噛みついていた。

「確実視されていた新年度当初予算案の年度内成立を難しくしてまで、なぜ今なのか。納得できる説明とは言えない。国民生活より自らの権力基盤の強化を優先した「自分ファースト解散」というほかない。衆院選は一昨年秋に行われたばかり。今の議員は任期4年のうち、1年3カ月しか務めていない。昨年の参院選を含めると、わずか1年4カ月で3度目の国勢選挙となる。首相は高市政権のめざす政策が、前回の衆院選の自民党の公約には含まれておらず、自民、日本維新の会の与党で過半数の議席を得ることで、「政策実現のギアをもう一段上げたい」と語った。昨年10月の内閣発足以来、政権選択選挙の洗礼を受けていないことを「ずっと気にかけてきた」とも述べたが、物価高対策など「目の前の課題」に専念すると繰り返し、国民に信を問う必要性には一言も触れてこなかったのは首相自身だ。解散を正当化する後付けにしか聞こえない。高市内閣は今のところ、高い支持率を維持しているが、通常国会が始まれば、政権の内外の諸施策のみならず、自民の政治資金や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係をめぐる問題が俎上(そじょう)にのぼるのは必至だ。人気がしぼまぬうちに、野党の不意を突いて、与党の議席を増やしたい。それが本音ではないか」

もともと朝日新聞は「時の首相が与党に有利なタイミングで恣意(しい)的に衆院を解散できる現在の運用を見直すべきだと、繰り返し主張してきた」んだそうだ。「衆院議員は4年の任期をまっとうし、腰を据えて政策の実現に当たる。7条解散は内閣と衆院が対立して政策が前に進まない時などに限る。それが筋ではないか。「大義なき解散」が繰り返されぬよう、解散権のあり方も、衆院選で議論してもらいたい」とも言っている。

ううむ、一見筋の通った論説に思えるが、衆議院が4年の任期をまっとうすべきってちょっとそれは新憲法施行後の現状をみれば理想論過ぎやしないか。4年の任期をまっとうしたケースは実質たった2回だけだ。私が高校生の頃、1976年(昭和51年)12月の衆議院総選挙が「初めて4年の任期をまっとうした」として話題になり、私は驚いたものだった。学校では衆議院は4年、参議院は6年」と習っていたので「え、衆議院ってほとんど解散して実際は2、3年で選挙しまくっているんだ」と知ったのだった。4年間まっとう例の2回目がつい最近の2021年(令和3年)10月で、第一次岸田内閣の時だ。新型コロナウイルス対応や東京五輪・パラリンピックなどの影響で解散の時期がずれ込み、任期満了直前の10月14日に解散(実質的な任期満了選挙)が行われた。49回目の総選挙ということは解散総選挙って平均2年にもみたないでこれまで行われてきたんだ。

厳密には任期満了は1976年の1回だけなんである。そうなるのには当然理由があるわけで、私には民意を反映しやすい民主主義らしい制度だなぁと思える。高市さん、選挙結果で負ければ退陣する覚悟って言っているんでしょ。それを朝日は「支持率が高いのをいいことに与党の議席を増やしたいの本音じゃろ、許せん」って言っているけど、選挙に打って出るって勝てると踏んだ政権与党の当然するべき行為で何も間違っていないと思うけどな。明らかな憲法違反をやったりしているわけでもないし、何も世界中にのさばっている独裁国家連中のようにのうのうと不正選挙をするわけでもないしー。

結局ね、国民もバカじゃないのよ。今度の選挙で高市自民党が大勝利してもそこで強引すぎる政策や汚職めいた議員、閣僚がのさばったら次の総選挙で自民は大敗し、それこそ解党にまで追い込まれるかもしれない。今の与党のように過半数がやっとの状況ではやりたい政策が進められず、衆議院解散で勝負に出るのは現状の政権からすれば至極まっとうな選択だと思う。

朝日、毎日などは、解散を決めた高市首相への批判論説をぶっているけど、そういう意見に私は首をかしげる。そちらこそ自分らの考えと異なる現首相を批判したいがための論説にすぎないって気がするんだ。私の予想では今度の選挙、自民が勝つだろう。まあそれで大喜びしいい加減なことをやると自民も強烈なしっぺ返しをくらうんだから。ともかくも解散の大義うんぬんを盾に四の五の言ったって始まらんよ、朝日さん。

2026年1月19日月曜日

ココちゃん、なぜ大騒ぎ大暴れした

マーヤさんからココちゃんの写真、動画が「みてね」にアップされていた。ココちゃん、1月17日からインフルエンザに罹ってしまったんだそう。「ここちゃんインフルエンザ+口内炎で大変機嫌が悪いです、、」とのコメントが↓。

これに対し、カールが「あらら! お熱ですか?」とコメントしてしばらく、「調子の悪い ここちゃんもかわいいね。💖」とお祖母ちゃんバカを発揮していた。

翌1月18日になると、家の中のミニブランコに乗ってご機嫌な様子がアップされていた。
あれれ、インフルエンザっていっても治りが早いんかな?ただ1月19日の写真では泣いた後の顔つきだったり、それとは正反対の満面の笑みだったり、大好きなバナナを頬張るお顔だったりと調子が悪いのかいいのかだった。
そしてきっと調子は良くなっていると思わせたのが、1月20日のマーヤさんの投稿だった。
↑の写真、どういうことかというと「インフル4日目。外に行きたいと大騒ぎココちゃん」だって。この後↓こうなった。外で遊べないんで玄関で騒いでしかも怒っている。
さらに1月21日には「外で遊びたくて、大暴れココちゃん」と動画でわんわん泣きながら、しまいには床の上で泣いて、その後ふてくされてもいた↓。
もう発症後5日は経つから翌日からは外にも出ていけるよ〜。いや、親は大変かもしれないけれどいかにも子どもらしくていい。お祖父ちゃんは直に面倒見ているわけでもないし、そんなココちゃんをモニターを通して微笑ましく思っているのだった(⌒о⌒)。