2022年10月21日金曜日

ネコをたくさん飼う家

うちの隣家では住宅兼そろばん教室をやっている。それで夕方には子どもたちが2階に上がる階段を上り下りする姿が毎日のように見られる。今日はある生徒のお迎えにお祖母さんとおぼしき人が来ていたそうだ。

その頃、私の家のロッジには家裏のネコのハッピーとキタローがいつものように夕方のエサもらいに来ていた。カールは17時にゲンちゃんが自動給餌器でエサをもらうまではハッピー&キタローにはエサは上げないと決めている。我が家のネコを差し置いて・・ということらしい。それはいいとして、そのそろばん塾生徒がお祖母ちゃんに我が家を指さしてこう言っていたそーな。

「おばあちゃん、あそこの家、ネコをいっぱい飼っているんだよ〜」

え?違う違う、違うって!うちで飼っているのはゲンちゃん1匹だけ。カールは心の中でそう叫んだとか。
↓そろばん教室に上がる階段
↓はエサ待ちしているキタロー(左)とハッピー(右)
↓エサを食べ終わって舌なめずりのキタロー
↓食後のハッピー。ゲンちゃんにはいつも関心なし、です。
ううむ、↑の写真のような様子を見られていては「ネコ多頭飼いの家」と思われても仕方ないかも・・。

2022年10月20日木曜日

渋滞勘

まだ出勤前、月曜同様にサブアラドDrから電話があった。なんと、またしても高速道路でスリップ横転事故があって渋滞なんだって。場所は例の登坂車線がある坂だという。今日は晴れているというのに・・。

ネットで確認すると3km半ほどの渋滞とのことだ。それを覚悟で鹿児島北インターから入るか、下の道路を通って薩摩吉田インターから入るか。私の勘ではどちらもいっしょくらいの時間がかかると出た。ならば、ちまちま渋滞に巻き込まれるより走って行ける一般道+吉田インターから高速入りにするべー。

下田町を出て川上町の高速道路にかかる橋を渡る時に下を見れば、渋滞を抜けてきた車がすいすいと走って鹿児島の料金所を通過していた。この場所から高速に入れれば一番効率がいいんだがそれは出来ない。そのまま高速と並走して吉田インターに向かった。で、吉田インター手前の三叉路に着き、信号待ちとなった。

後は高速でびゅーんと進むだけと思ったらここが盲点だった。なんと信号待ちが6分半にも及んだのだ。信号が変わるのに2分近くかかっていて、↓の写真の時点ですでに2分は待っていた。そんなに車が並んでいるわけでもないのにちょっと前の赤信号を抜けるのに4分以上かかったよ。こんなのイヤだー。
高速進入以降はスムーズだったが、結局病院には15分ほど遅れて着いた。あの信号待ちで大きくロスしなければ・・。午前9時を過ぎて医局に木曜だけ非常勤の大菩薩Drが遅れてやって来た。「先生は高速を通って来たの?」「ええ、事故で渋滞でして・・」「でしょう」時刻を見ると、普段大菩薩Drが到着する時刻より15分ほど遅れていた。そうか、私の渋滞勘は当たっていたんだ。どっちが正解ということもなかったか・・。あ、いや高速代を半分で済ませただけ私の選択は間違っていなかった。でしょ。

2022年10月19日水曜日

母は強し、たとえ94歳でも

外来担当日の今日、94歳の高齢女性が診察室に入ってきた。杖をついてはいるが、年齢の割にはしっかりと歩けて受け答えも普通だった。で、カルテを見ると、うむむとなった。はて?この患者さんどこが悪いんだ?定期処方薬が出ていないので何か症状があっての受診だろうと思い、「今日はどこか悪いのですか」と尋ねた。すると「私じゃないの、息子のなの」と言う。どうやら「息子の代理受診で来た」と言っているようなのだ。そんな逆じゃないのか。「おい、息子さんがどこかにいないかい」と看護師に尋ねるが、その高齢女性が「息子は外に出ようとしない。だから処方をもらいに来たのよー」と急かした。

名前を確かめ、息子さんのカルテを開くと確かに定期薬をもらっていた。いやはや、普通はさー、59歳の息子が94歳の病身の母の薬をもらいに来るものだろう。驚いたよ。ちょっと変わり者の息子らしい。もしくは引きこもりか。

驚きつつも処方を切りその高齢女性を見送った。あ、写真を撮っておきたかったな。私はよくかくしゃくとした高齢者をよく写真に撮っているのだ。うかつだった。それにしても母親はいつになっても母親、「女は弱しされど母は強し(文豪ヴィクトル・ユーゴーの言葉)」とはよく言ったもんだわ。

2022年10月18日火曜日

ベトナム人実習生

昨日の朝礼では老健「青雲荘」で働くことになるベトナム人の技能実習生2人が入職の挨拶をした。ともに女性で「アイン」さんと「ガン」さんだ。全部本名で名乗らせるのは日本人には覚えにくいので一部を取ってそう呼ぶことになった。本当なら去年前半にはやって来ていたはずだがコロナのせいで今の時期になった。↓左アイン、右ガン。

日本語研修を受け、たどたどしくも日本語で挨拶をし、職員から大きく拍手をもらっていた。可愛いんだ理事長など「日本語って簡単なのか?オレは外国語をそんなに短期間でしゃべれないぞ」と驚いた様子だった。いや、そこは生活、いや人生がかかっていると思えばこそだろう。アインさんは離婚歴があり子どもも残してのことだという。よほどの覚悟がないと出来やしない。これから3年間日本で働き、おそらくは故郷へ送金をし、いずれ帰国して向こうでも活躍するはずだ。彼女らの名前を覚えるために私は少しひらめいた。左のオレンジの服のアインさんが志村けんのもの真似をしている姿を想像したんだ。「アイ〜ン」ってね(笑)。ガンさんは覚えやすいのでそのまま。今度青雲荘に行ったら必ず声をかけてあげよう。

日本の少子化問題はすぐには解決できそうにない。ならば外国人の労働者受け入れはますます増えていくと思う。ならばそれに向けての整備も必要だ。青雲会病院では今回が初めての外国人受け入れだが、アインさんガンさんのケースがうまく行けば今後も受け入れ拡大となるはず。お互いのためでもあり、少しでも受け入れがうまく行くよう協力して上げたいね。

2022年10月17日月曜日

アドバイスで渋滞を通り抜け

月曜の朝の雨の日、よくあるのが高速道路のスリップ事故だ。

今まさに国道3号から高速に乗ろうとする時、サブアラドDrからスマホに電話があった。「こてる先生、今どこ?」「高速に乗るところ」「ああ、それじゃー教えとくが、その先トラックの横転事故があるから気を付けてナー」「あいちゃ、じゃー渋滞だろ、嫌だな」「それがな、渋滞に来たらそのまま並ぶんじゃなくて左側にある登坂(とうはんorとはん)車線を使って進んだらいいぞ」「え、どういうこと?」最初は彼の誘導の意味が分からなかった。

しばらくすると登り坂に差し掛かるところでの渋滞があった。サブアラドDrの言うとおりなんだが、登坂車線はないぞー。
しかし、渋滞の最後尾にくっついていると、すぐに登坂車線が見えてきた。サブアラドDrは「そこを登っていけば事故現場があってそこはまた中央車線に入りこむんだ」とのアドバイス。で、思い切って左の登坂車線に入って先へ進んでみた。他の車はおとなしく渋滞に並んでいる。
すいすいと登っていき、2、3分で渋滞先頭に着き、横転している車が見えた。サブアラドが通過した時はまだ警察は来ていなかったそうだが、ちょうど警察官が車から降りて、今まさに交通整理が始まるところだった。渋滞の先頭は意外にも車がまばらですいっと通り抜けられた。↓さすがに運転中撮影で手ぶれになってしまった(^_^;)。
「オレの言ったとおりだろう」とのサブアラドDrに「いやー、珍しくサブアラドのアドバイスが効いたわぁ。ありがとうございますっ!」とお礼を言った。病院到着への遅れはほんの4、5分で済み、朝礼には余裕で間に合った。

私より10数分遅れて高速に入ろうとしていた歯科口腔外科の山守先生はラジオ情報で利用するのを避け一般道で向かったがいつもより50分も遅れたという。サブアラドDrのこの手のアドバイスはたいてい後の祭りだったり渋滞に巻き込まれたりで、どうしようもないことがこれまでは多かった。いやはや今度ばかりはほんまに助かった。感謝ですーっ。

2022年10月16日日曜日

下克上のメジャーリーグポストシーズン

今日は朝からメジャーリーグ観戦ざんまいだった。メジャーリーグは10月に入ってレギュラーシーズンの162試合が終わり、いわゆるポストシーズンに入り、ア・リーグ、ナ・リーグともに短期決戦での勝負が続く。ポストシーズンに残れるチームは各リーグ15チーム中6チームだけで毎年のように進出するチームがある一方、ほとんど出来ないチームもある。大谷のロサンゼルス・エンゼルスは後者でここ2014年が最後でそれ以降残れていない。大谷が来シーズン終了後のFAでチームを去るのではないかと噂されるのはそのせいもある。

今は地区優勝シリーズといって5試合3勝勝ち抜きというある意味一番厳しい戦いの最中だ。というのもレギュラーシーズンでいくら勝とうが、たった3敗しただけでリーグ優勝決定戦、さらにその先のワールドシリーズに進めなくなるからだ。10月10日にも書いたが、ニューヨーク・メッツは100勝以上上げながら地区シリーズにも進めなかった。さらにメッツと同地区(ナ・リーグ東地区)で激しいトップ争いをし100勝以上を上げ5年連続地区優勝をしたアトランタ・ブレーブス(去年のワールドチャンピオン)も今回の地区優勝シリーズでリーグ6位でぎりぎりポストシーズンに進出したフィラデルフィア・フィリーズに1勝3敗で敗れてしまった。短期決戦の怖さだ。

それとア・リーグの常勝軍団アストロズ対21年ぶりポストシーズン進出のマリナーズの試合経過は、ネットでチェックしていたところ、何と17回まで0対0の延長戦、まるで昔の夏の甲子園みたい。結局18回表にアストロズが1点を入れマリナーズを突き放し、3勝0敗でリーグ優勝決定戦へ進むことになったがいずれも大接戦で力の差はほんのわずかだった。

そして今年のナ・リーグで111勝という全球団で最高勝率を上げた名門ロサンゼルス・ドジャースはここ10年連続地区優勝を果たしているが、リーグ5位のサンディエゴ・パドレスとの決定戦では1勝2敗と瀬戸際に立たされていた。それで、今日は2勝2敗のタイに戻すべく気合いを入れて臨んだが・・3ー0とリードしながら7回の裏にヒット、ヒットでつないだパドレスになんと5点を入れられ逆転負けを喫してしまった。その瞬間はパドレスのダルビッシュも歓喜の雄叫びを上げ喜びを現していた。レギュラーシーズンでは22ゲーム差も付けていたのに・・と、私なんぞドジャースに同情もしたくなるが、サンディエゴのファンは「Beat LA!(ロサンゼルスをやっつけろ!)」の大合唱で24年ぶりのリーグ優勝決定戦進出を後押ししていた。そっちもよく分かるわ〜。横浜ベイスターズが日本シリーズに進出決定するのと同じ(だったとしたら24年ぶり)だといえば日本人には分かりやすいか。


さらにア・リーグの残りの対戦、メジャーリーグきっての名門ニューヨーク・ヤンキース対クリーブランド・ガーディアンズ(去年まではインディアンスだったのを改名した)は東地区1位と中地区1位同士の戦いで、チームカラーが違っていて、ヤンキースはスター選手をそろえ今シーズン62本のア・リーグホームラン新記録を作ったアーロン・ジャッジを筆頭にホームランで得点が多いが、ガーディアンズはホームラン数はリーグ下から2位でその分三振をしない率はリーグ1位と、ヒットをつなぎ走ってコツコツ得点をするチームだ。そのコツコツ打線が1勝1敗とヤンキースに食らいついていた。今日は9回までにヤンキースはホームラン3本で5点に対しガーディアンズはヒットでの3点しか取れず追い詰められた。しかし9回裏に1点差に詰め寄り、なお2死満塁の好機で新人オスカー・ゴンザレスが中前へ2点タイムリーを放ち、逆転サヨナラ勝ちを収めた。いかにもガーディアンズらしいしぶとい勝ち方で逆にヤンキースを崖っぷちへ追い詰めた。チーム年俸はヤンキースが約366億円に対しガーディアンズが約101億円と3倍上もの差があるのに現状結果はこうだ。ちなみにポストシーズンで2点以上のリードで9回を迎えた場合は167勝0敗だったヤンキースにとっては歴史的な敗戦だそうだ。そんなデータまで調べる人がいたのと、データがやたら出てくるベースボールらしい話題でもあった。↓逆転直後、殊勲の1塁のゴンザレスに駆け寄るガーディアンズナイン。

いやはや、今季は上位チームがいずれも苦戦し、うち2チームは敗退してしまった。まあ勝ちに一番こだわるヤンキースがこのまま即敗退とは思えないが、ジャイアントキリング(下克上)が目立つ今シーズンだ。特にナ・リーグは5位と6位のチームがワールドシリーズをかけて戦う。勝ち上がったどちらかがワールドチャンピオンになれば毎年金満球団にしてやられているファランチャイズのファンたちは大いに溜飲を下げることになるだろう。

2022年10月15日土曜日

胃カメラするしない?

土曜日は2回に1回は仕事が組まれていて、その上、今日は夕方までの日直もある。さぞ忙しったかと思われるかもしれないが、さにあらず。かなりヒマな土曜日だった。午後なんて13時ごろに患者一人診ただけで後はうたた寝していたもん。

唯一の予定外は緊急内視鏡があったことくらいか。土曜日は基本、内視鏡は行わないが、「初老の男性患者が1週間前から心窩部痛あり、今朝からタール便が出た」という病状を聞き、「あ、これは胃カメラをすべき症例」とピンときた。昼前に緊急内視鏡を行い、結果はやはり出血性の胃潰瘍で内視鏡的止血処置が必要だった。胃の中は血だらけで、止血処置が終わった後も患者さんは嘔吐が数回あり、無論入院させたが、夕方はタール便もまた出た。心配する看護師に「それは昼の出血の残血だから大丈夫」と言い残して帰宅した。あれだけしっかりクリップを掛けたらそうそう再出血するはずはなかろうてー。

この患者さんは問診で他医から処方されていたネキシウムという潰瘍予防に非常に有効な薬を自己中断していたというのも出血性の潰瘍を疑った理由だ。だいたい問診の段階で診断の半分は可能だ。その後、診察と検査で確定させるが、今回のようなケースでは「内視鏡は今日はやっていないから週明けの月曜にしましょう」では済まされない。

逆に「胃が痛くてしょうがないんです、今すぐにでも胃カメラをして下さい」と懇願する患者さんに「今日は薬出しておくから胃カメラは来週しましょう」と応じることもある。青雲会病院に来て22年以上、経験を積み、そのあたりの見極めは大学病院時代よりちょっと進歩したかなと思える土曜の午後だった。

2022年10月14日金曜日

頴娃町実家に薩摩ツゲあり

昨日の南日本新聞の「記者の目」欄に「薩摩柘をいつまでも」との記事があった。「薩摩柘」は「さつまつげ」と読む。

記事によると、鹿児島特に南薩では女子が生まれるとツゲの木を植える風習があり、年頃になると大きくなった木を売って嫁入り道具の足しにしたらしい。これを読んで私は幼い頃を思い出した。南薩は頴娃(えい)町の実家の垣根近くの木を見て、オエイ祖母ちゃんに「この木は何?」と尋ねたら「ツゲの木だよ」と教えられたのだ。縁側からすぐの所にありいつも眺められて、そんなに大きな木ではなかった。当たり前にそこにあったんでどこにでもある普通の木と思っていた。頴娃町が本ツゲの有名産地とは知らなかったのだ。↓頴娃町のツゲの木。
今だったら絶対デジカメ写真に収めていたはずだ。しかし、頴娃町の実家はもう跡形もなくなっている。もう25、6年前だったか、老人施設を作りたいとの申し出があり、家土地を父デンコーが売ってしまったからだ。1986年を最後に誰も住んでいなかったのでそれは当然の帰結だった。私も6歳まで住んでいた頴娃町の実家の思い出は、小さな池とツゲの木、それに汲み取り式の屋外の便所だ。もっとも後からトイレは屋内で出来るようになったが・・。今回古い写真を取りだして確認したが、それらしい木も便所も写真にはなかった。

私はいつも思うのだが、何気ない風景も写真に撮っておくといい。今では当たり前と思っている風景、光景が後ではかけがえのないものになるんだ。そんなこんなでさらに昔の写真を眺めていて、あれ?と思う写真があった。オエイ祖母ちゃんが正装して写っている1枚の写真、実家を背景にし、昭和50年(1975年)前後と思われるが、背後の窓に反射している木はツゲじゃないかな。

ちょうど縁側に当たる場所だし、十分その可能性はある。誰も気がつかないような新聞記事がきっかけでひととき思い出に浸ることであった。

(追記)日記を読んだカールが「10年以上使ってます」とLINEで連絡してきよったわ〜。

2022年10月13日木曜日

充電は生きていた!

この間のカーペット作業後にちょっとしたトラブルが起きていた。テーブルの電源コンセントを引き抜いて、また付け直した後のノートパソコンが充電出来なくなっていたのだ。2ヶ月ほど前まで私が使っていたMacBookProをカール専用にしていた。充電のためのUSB-Cケーブルを差してもバッテリーマークに充電マークが出ず、そればかりか残量%が少しずつ減っていくのだ。こんな時に試すべき方法があれこれネットで出ていてそれらを試すも全くダメで、これは機器の故障と判断した。

で、今日の午後、中央駅のビックカメラ内にあるアップルストアにMacBookProを持ちこんだ。電話予約をしていなかったのでしばらく待たされた後、係員に不具合を説明すると「チェックしてみます」と奥に持っていった。実はパソコン不具合でここに来るのは二度目なんだ。前回は2年半前、充電どころか全く反応しなくなり基板の交換修理になった。修理代は6万もかかった。今度もそれくらいなら新品を買うよりはまだマシと腹をくくっていた。

しばらくして係員がMacBookProを抱えて説明を始めると・・意外な事実が分かった。確かに充電のための右側の2個のUSB-Cポート(MacはこれをThunderboltポートと呼んでいる)は故障しているが、「左右両方(合計4個)あるうちの左側のポートは充電出来ますよ」と言うのだ。何?実は前回の修理の後2ヶ月ほどで左側のポートは充電出来なくなっていたはず。何度も何度も試してびくともしないので諦めていたのだ。幸い右側のポートだけでも充電やマウスのポートとして使えていたのでここまでやって来られた。しかし左側ポートが実は死んでいなかったとは・・。↓。黄色のマークを見ればちゃんと接続出来ていると分かる。

もし右側も修理するならば「8万はかかります」だって。うへ、まだ充電出来るのならやりませーん。狐につままれたような気分であったが修理せずに済むのは有り難い。自宅でチェックすると、これまで使ってきていた充電コードが接続不良と分かり一番新しい市販のコードにしたら確かに充電が出来た。ただ2個あるポートのうち奥は接続がやや不安定。手前の実質1個のみが完全に生きている。そこで私のUSBハブを取り付けて使うと、充電もマウス操作も可能となってカールも一安心した。100%充電マークを見て本当にホッとしたねぇ。
でも今度は私のUSBハブがなくなった。たまに使うだけなんだが、ないとやはり困る。ネット注文すると手頃なのが見つかりさっそく注文した。
いやー、下手すりゃ8万、いや新品パソコンなら14万かかったかもしれなかったものが2千円ちょっと済めば、なーんにも文句はありませんてー。

2022年10月12日水曜日

田んぼ患者って何?

うへー、今日の外来は忙しかったよぉ。

午前中がずっと患者続きなのは分かる。でも13時過ぎに外来終えて上に上がろうとしたら「先生、救急要請です」ときた。午後は救急当番なんだ。「畑で倒れていた高齢男性・・」それと「(到着まで)20分くらいかかります」との情報だけだった。はあ、今日は13時半から防災訓練があってその時間には外の駐車場へ集合しなければならない。訓練には行けないな・・それで信号医局長に「今日の訓練には参加出来ません」と報告に行くと「私もいけなーい」だって。みんな忙しいわ。

さらにだよ。13時20分に外来看護師から「先生、救急依頼で、田んぼに落ちて・・」と聞かされ「ああ、それね。13時半ごろには運ばれて来るんでしょ、聞いているよ」と答えると「いいえ、それではなく別件です。1.5mの高さから田んぼに落ちて頭を怪我していて・・」えー、もう一人いたの?!どんだけ田んぼって危ないとこなんだよー。しかしこれは困った。まだ最初の田んぼ患者は来ていない。受け入れOKしたら2台がかち合ってしまう上に、職員の大部分は防災訓練で外に出ていて、これは対応しきれないと判断し、断った。いわゆる苦渋の決断ってやつ。

田んぼ患者1号はぴったし13時半には搬入された。鹿児島市内から田んぼの様子を見に来た長兄が実家の弟の様子がおかしいと連絡したのだった。発語障害があり立位が取れなくなっていた。これはまず頭部CTの実施だ。案の定、脳梗塞だった。CTではっきり分かるくらいだからこの1、2時間で起きたものではない。脳外科のカワゼンDrに引き継いでもらった。

そんな中、もう一人、気になる外来患者がいた。昼前に来院した人で、私が忙しいので内科のダヒロDrに診察を依頼していた初老男性だ。ダヒロDrから「ビリルビンが16以上もあります」と聞いてただ事じゃないと分かった。入院すべきは分かるが、CTでも急性肝炎によるものか総胆管の閉塞性黄疸によるものかはっきりしなかった。総胆管結石確定なら私が診ることになるが・・。結局、両方の疾患に対処できる鹿児島市内の病院に救急転送することになった。うへー。

夕方には発熱があると隣町のクリニックから精査依頼とやらが来た。その時間帯は採血や画像診断がぎりぎり可能だが人手が少なくなるタイミングで入院になると忙しさが増す。私の診断は軽度の肺炎、でも本人がどうしても入院はいやという。ま、外来でもやっていけない状態ではなかったので抗生剤点滴と処方を出し、返書まで書いて帰宅させた。入院させなくても大丈夫だったか?いや、たぶん大丈夫。この辺は長年の臨床の勘というやつだ。

終わってみれば17時半過ぎには業務は終わっていた。いやいや、だからといって定時じゃんと思ってもらってはチトきつい。帰りは老健のオマルさんと碁を打つ気力もなく、早々に帰宅したったヨ。

2022年10月11日火曜日

アナタがそれにハマった日

先週、医師会の会合で大井病院の泣かん薗院長と会った。帰り際に「最近ボウリングはどう?」と聞かれ「全くやっていない。今年に入って1回しか投げてしない」と答えると「私の方はどっぷりです」という。まあプロアマ戦などに出ているとは聞いていたが・・。「実は職場でチーム作って実業団として大会に参加しているんですよ」さらに「岡山商科大で学生チャンピオンになった野村選手を職員に迎えているんです」とも。へーえ。

元はと言えば鹿児島国体だ。2年前に開催されるはずが3年後に延期になった。その国体に他県から優秀な選手を迎えていたそうだ。しかし中止になったため多くは他県に移ったが、野村選手は鹿児島に残ると言ってくれ、そこで泣かん薗Drが病院の職員に迎え、いっしょにボウリングをしているんだという。「野村君はとちぎ国体にも今行っています」とも教えてくれた。ほう。

今日の南日本新聞にその野村経博選手を含む成人男子の4人チームが優勝したと大きく出ていた。日置秀一プロもチームにいてみんなを支えてくれたようだ。日置プロは男子プロでも一流だからそりゃ心強かっただろう。↓左から日置プロ、東福選手、久冨木選手、野村選手。

日置プロとはT-MAXボウルで知り合いだし、写真に出ている東福選手とは串木野トリオリーグで投げたことがあった。私が知ったばかりの野村選手の肩書きには「七徳会大井病院」の名がちゃんと出ていて泣かん薗Drもさぞご満悦だろう。

ところで、元青雲会病院勤務の泣かん薗Drにボウリングを勧めたのは他ならぬ私だ。20年以上前、年に2回ある姶良郡医師会ボウリング大会(3人チーム戦)でなかなか優勝出来ず、ボウリングの上手い職員を私は探していた。泣かん薗Drは「ボウリングには自信がある」と言い、確かに腕の振り上げ、狙いともに上手で、ぜひボウリング大会にと出てもらい、4回目にして初優勝したのだった。そこで「先生ならマイボール作って投げればもっといいスコア出せますよ。作りましょう!」とマイボウラーへと画策したが、泣かん薗Dr、すぐには乗ってこなかった。2大会連続でチーム優勝をしたが、やはりマイボールは持とうとしなかった。

それがひょんなことから1年後にマイボウラー誕生となる。これはずっと昔の日記ネタにもなった。で、昔の日記を検索して調べてみたら・・驚いた。泣かん薗Drが初めてマイボールを作ったのは2003年の10月11日、19年前のぴったし今日だったのだ。ボウリング場は今はなきトーフクボウルだ。一部抜粋してみよう。

「・・昼は仮眠をとって、医学部ボウリング大会「納杯」のためトーフクボウルへ。 今日はそれだけではなく、泣かん薗Drのマイボール作りもある。
すでに泣かん薗ファミリーは投げ始めていた。 子供たちはボウリングが初めてで、とても楽しそうだった。 オーヤマドリラーにマイボールは初めてですからと泣かん薗Drを紹介し、早速ドリルしてもらった。15ポンドのボールを投げるのでうまく行くか心配してたようだが、あまり重さを感じないと驚いていた。 まだ、上手く回転をつけられずスキッド(ボールのすべり)が多い球質だけど、徐々にフックボールを投げられるようになりストライク連発するようになるさ。
ハマるぞぉ。」

いやー、そのハマりっぷりは私の予想を越えていたわ!

2022年10月10日月曜日

勝者のメンタリティ

カールに「9時から12時までの間にはカーペットが届くからー」と8畳の畳部屋に同サイズのカーペットを敷く作業を頼まれていた。部屋には机や机代わりの小テーブルが3台あり、それらを一旦どけて敷かねばならず、一人ではとても出来る作業ではない。で、今日は「スポーツの日」、メジャーリーグのポストシーズン、メッツ対パドレスを見たりネットしながらカーペットの到着を待った。しかし10時、11時と待てど来ない。

メジャーリーグは気持ち応援していたニューヨーク・メッツがサンディエゴ・パドレスに完敗で結局1勝2敗で敗退してしまった。レギュラーシーズンでは100勝以上を上げ普段なら地区優勝をしてナ・リーグ優勝決定にも行けそうな成績だったのに、同地区に去年ワールドシリーズ優勝をしたアトランタ・ブレーブスがいて、一時10ゲームも離していたのに最後の直接3連戦を全勝されて逆転されてしまったのだ。メッツのオーナーが大金持ちで選手補強をして最近強くなったがそれだけでは勝ち抜けないものなんだ。いわゆる勝者のメンタリティという言葉があるがそれがまだないんだろう。

同じナ・リーグのドジャースもこの10年戦力補強して強くなったが、ワールドシリーズ優勝出来たのは2年前で、2017、2018は目前ではね返された。ブレーブスは去年ようやくワールドシリーズを勝ったがそれまで3年連続地区優勝していてもワールドシリーズにすら行けなかった。メッツは今ようやく戦力が整ったばかり。能力が高い個々がただ集まっただけでは勝ちきれないってことだ。

同じようなことは日本のソフトバンクにも言える。2004、2005とレギュラーシーズンでは1位だったのにポストシーズンで負けて優勝出来なかった。まだ勝者のメンタリティが醸成されていなかったのだろう。2011年に久々に優勝してからはポストシーズンにはめちゃくちゃ強くなった。そこから10年間で7回も日本シリーズで優勝を遂げるのだ。かつての西武、V9時代の巨人にもそれはあったはずだ。サッカーでいえば鹿島アントラーズにはそれがある。現在は川崎フロンターレが勝者のメンタリティを体現しているといえるだろう。だが、フロンターレがそうなったのはこの5年くらいで(リーグ戦優勝この5年で4回)、確か2000年のナビスコカップでは初めて決勝に進出したものの鹿島アントラーズに敗れたが、後で聞くと試合に向かうバスの中での選手らは緊張でガチガチ、誰も声を発せないくらいだったという。まだ精神的にも優勝できるメンタリティではなかったのだ。フロンターレがこのカップ戦で初優勝するのは2019年になってからでそれまでに準優勝が先の2000年を含め計4回もあったのである。

勝ち続ける組織には当たり前のことが他の組織にはないってことがよくある。もう40年くらい前かな、プロ野球の開幕戦を前に先頭バッターへのインタビューがあり、巨人の選手は「まず出塁をする」ためにしっかり相手ピッチャーの投球を見る、そして他のチーム打者にもそれを教える」などさすが優勝を目指すチームの打者だと思ったが、当時の大洋ホエールズの先頭打者は「あ、一発目から打ちに行きますよ、開幕戦ですから」ってのうのうと言っていて、万年Bクラスのチームはやはりそうなんだと思った。そんなチームでも何十年に1回は優勝も出来る(1998年がそう)が後が続かない。それがないからだろう。

カーペットはなんと11時55分に届いた。ぎりぎりだけど事前約束は守られているか・・。その後、2、3時間かけてどうにか敷き終わった。机がそこにある本や置物などの整理に時間がかかるのよねえ。最後は大腿痛が出たよ。

2022年10月9日日曜日

久々のオマルさん

今日は当番医日直でカワゼンDrと二人で朝から夕方までの勤務だった。以前の当番医といったらひっきりなしに患者や救急車が訪れ目が回る忙しさというパターンだったが、それほど患者さんは多くなく普通の当直日って感じだった。コロナ禍のせいで不急不要な時間外患者が減ったせいだと私はみている。そして、そのコロナ陽性患者もたしか3名のみで、1、2ヶ月前と比べ激減しているため、わりに「ヒマな」当番日になったようだ。例年だと冬の当番日が忙しい。それはインフルエンザのせいなのだが、はたして今度の冬はどうなるのかな。

17時半で勤務が終わり、医局で軽い夕食を摂ってから隣接の老健青雲荘へ2ヶ月ぶりに寄ってみた。オマルさんと碁を打つためだ。だが以前入所していた4階の部屋にはいなかった。3階に移動になっていて、見ればまだ食事中だった。職員が「オマルさん、こてる先生が来ましたよ」と言うと、振り向いてびっくりしたような表情だった。
それで久しぶりの対局となったわけだが、オマルさんにいつもの切れと粘りがなかった。1局目は上辺で簡単な攻め合いを間違ってすぐに投了、白黒入れ替えての2局目も、各隅で私の有利な分かれが多く、中盤、無理を承知の敵陣突入をしてきて玉砕、投了となった。1局にたいてい1時間半から2時間はかかるのに2局で1時間ほどしか要しなかった。以前は明らかに私対策用の作戦を立てて打つなど気合い十分だったのに、2ヶ月も姿を現さないと気力も失せるのだろうか。

いや、以前も体調が悪かった時はこんな感じで簡単に負けることがあった。囲碁一筋のオマルさんのこと、私がちょくちょく顔を出せばまたすぐに地力を発揮するはずだ。部屋の置き台に2、30年前だろうか昔の囲碁をしている写真が飾られていた。わざわざ海岸に碁盤を持ち込んで写真屋に撮ってもらったようだ。へーえ。
私の碁の師匠ともいえるオマルさんのためにまた打たねば!な。

2022年10月8日土曜日

庶民はそばの「食べ放題」

今日は何の日?「そばの日」なんだって。

約2500店が加盟している東京都麺類生活衛生同業組合が制定し、日付は、新そばの時季を迎えるのが10月であり、10=十は「そ」、8=八は「ば」と読めることから。美味しいそばをもっと多くの人に味わってもらうことが目的なんだそうだ。

まあそんな由来はカールにとってはどうでもいいこと、それより「今日は吹上庵&左膳でそばの『食べ放題』があるんだって。絶対、行こぉう」とあらかじめ決めていた。去年もカールは行ったが、平日でしかもコロナのせいで350円で盛りそばとかけそばのセットのみという方式だったそうだ。お得だけど食べ放題よりは有り難みが少ない。いつもより開店時間が早く午前10時からということで9時過ぎには出かけることになった。今回は税込み500円で盛りそばとかけそばどちらも食べ放題ということで南日本新聞にも大々的に宣伝していた。カールは朝ご飯は完全抜きで、私も小腹用のチョコを数枚食べただけで、いざ食べ放題へ!

そうそう、昨日、このことをサブアラドDrに電話で話すと、「あ、それは人が多くてすごいよ。駐車場も入れなかったり、1時間以上待ったりと大変。とにかく客が多くて・・」と食べ放題の日は避けた方が無難と力説していた。これにカールは「サブアラド先生はおぼっちゃんだから食べ放題なんかには行かないわよ。きっと一度も行ったことがないと思う」と言う。しかし、話しぶりからは一度行ってひどい目に遭ったようだが・・。「覚えていない?前に大隅の雄川の滝の行く話をテルくんがしたら、渋滞するから大変だとか、大隅からの帰りは曽於の道の駅に行くと何々があるからいいとか一生懸命話してくれるんだけど、後で聞いたらどちらも本人は行ったことがなかったじゃない」と言われれば、確かにそうだった。私たちがどこそこに行こうとすると、人から見聞きしたことをやたらと教えたがる癖があるんだ。後で確かめたら食べ放題には「行ってないよ」とやはり。このお節介やろ・・いや、お節介おぼっちゃま!

ちょうど9時半頃には甲突川沿いの「左膳」に着いた。まだ駐車場には空きがあったがすでに並びが出来ていた。すぐにカールが待ち番号を引いてきたのだがもう42番だった。もう10分ほど早めに来ていれば10時開店の一番客の中に入れていた。結局、第1陣が食べ終わった10時半にようやく入店出来た。ま、その間は今はスマホって便利なものがあるから、UーNEXTで韓ドラを見て過ごしたんでそんなにイライラはなかった。
カウンター席に座り、まずは盛りそばを二人とも注文した。一人分は二段重ねである。追加すると一段ずつ持って来てくれる。そのあとかけそばも注文した。



もう、かけそばを食べるころからお腹はいっぱいになりつつあった。しかし、せっかくの食べ放題だ。「盛りそば、いかがですか〜」とせいろを抱えた女性店員が来たのでつい「一人分ずつお願いしまーす」と言ってしまった。私はさすがに満腹だったが、カールも「もうだめ、食べ切れない。こうなったら、罰ゲームみたい」と最後のせいろの分は半分も食べきれず、私が代わりに食べた。結局3人分近く食べたことになる。しかしーだ。カウンター席の一人で来ていた年配男性客をカールが見ていて「10人分は食べていたわよ」と小声で教えてくれた。みんなここぞとばかりに食べ放題を満喫していたんだね。↓は領収書。本当に二人で千円ポッキリだった。
帰りの車中でカールがきつそうにつぶやいていた。「そばが上まで来ていて車の振動次第で出てきそう・・」おいおい、後が大変だから吐かないでくれよ。私もこれまでで一番たくさんんそばを食べてお腹が苦しかった。いやはや「だからボクは食べ放題には行かないんだよ」とサブアラドDrの声が聞こえて来そうだったわー。

2022年10月7日金曜日

「感染症」はいつまで

外来のホントだ師長に言われた。「老健青雲荘のカワゾー施設長がですね『オマルさんが元気になっているんでこてる先生に碁を打ちに来て下さい』って言ってました」と。あはー、8月始めに青雲荘がコロナクラスターになり、オマルさんもコロナに掛かっていたので、1ヶ月は全く寄りつかなかった。9月に入って感染者もいなくなったのだけれど、今度は私の囲碁に対するモチベーションが下がってしまって、オマルさんとの対戦を避けていたのだ。きっと打ちたくて仕方ないんだろう。また近々打ちに行かねばナー。

午後はカールがオミクロン対応2価ワクチン接種のために青雲会病院に来ていた。2価ワクチンは病院も昨日から開始したばかりで、カールにも接種券が届いたばかり。「早く打ちたい」というので、私が代わりに予約希望すると、意外にも接種希望はそれほど多くなくすんなり出来た。コロナ禍も2年半以上過ぎ、接種も4回目だし、オミクロンはそれほど重症化しないと思われているのか、世間の関心はさほど高くないようだ。今度の2価ワクチンも翌日は注射痕付近の筋肉痛と倦怠感などの副反応は若干低いとはいえある。それでも早めにワクチンは打ちたいというカールの姿勢は一貫している。

今年の冬ははたしてコロナ第8波があるのか、南半球みたいにインフルエンザ感染が主体となるのか、まだ分からない。ただインフルエンザが流行ればコロナの第8波は来ないのではないか。感染の大きな流行ってのは不思議とどっちか一方のみが流行るというのを、この2年で私たちは経験した。あんなに毎年患者が発生していたインフルエンザがこの2年青雲会病院ではゼロだよ。あり得ない。それはともかく、現場では両方を調べるのかと思うと今から面倒な気分になる。

医療の分野にもいろいろあるが「感染症」にこれだけやきもきさせられるとは・・医師になって37年、全くと言っていいほど思っていなかったよ。

2022年10月6日木曜日

MVPの行方は・・

大谷、162イニングを越えてついに規定投球回数を達成した。これは実にすごいことだ。

ただ、今日は5回まで投げアスレチックス相手にほぼ完璧な内容だったが、初めて出したフォアボールの後ちょいと甘いスライダーを打たれ2塁打を許した。その後犠牲フライで1点献上。結果的にこの失点だけで敗戦投手になった。若手中心の弱いアスレチックスでもちょっとした隙を見せると負けてしまう。メジャーリーグはやはり油断ならない。

今回の大谷が達成した打者、投手としての規定回数到達は実質プロ野球史上初めてとも言える偉業だ。19世紀後半のメジャーリーグには何人かいたようだが、実は今とはかなり違う野球だったので参考にならない。日刊スポーツの記事によると「1876年にナ・リーグが創設された当時、各チームの所属選手は11、12人程度。83年にボストンが優勝したときの選手は12人で、うち投手登録は1人のみ。外野手登録の選手も投手を兼任して実質、投手2人だけでシーズンを乗り切り、他のチームも似たようなもので、投手は毎日のように投げ、かつ完投が当たり前。DH制ではないので投手の打席数も相当数あり、投げないときは野手を務めダブル規定到達が可能な環境だった」そうだ。

また、当時のルールは変遷を重ねた「混乱期」で、最初はイギリスの国技クリケットのように、投手はアンダースローが決まりで、83年にサイドスローが認められ、翌84年からオーバースローが解禁になった。また、打者は好きなコースを要求できたのである。投手に投球の自由が認められるようになったのは87年からだから、投手対打者という野球の醍醐味は20世紀に入った近代ベースボールの時代からなのである。ベーブ・ルースも二刀流で活躍したが規定投球と規定打席両方同時には達成していない。本来なら去年同様に文句なしにア・リーグMVPを獲得するところだ。しかし今年は残念ながらそうなりそうにない。ア・リーグのホームラン記録をヤンキースのアーロン・ジャッジが62本打ち、61年ぶりに記録更新してしまったからだ。大谷、ジャッジのMVP争いがどうのと言われているが、私は前にも書いたとおり、ジャッジで決まりだと思う。それくらいジャッジのホームラン記録更新のインパクトは強い。本来なら近代メジャー122年初の大谷が61年ぶりのジャッジより倍有利のはずなんだが・・。

MVPを投票するのは全米野球記者協会の記者30人だ。誰かが言っていたように「大谷は去年も取っているからナ」というのは投票する側からはそう考えたくもなる。それに二刀流でないごく普通の打者はホームラン新記録や三冠王に迫る成績を残してもMVP取れなかったらどうすればいいのってなる。日本人としては大谷を応援したいが9月は後半1本のホームランもなかった。34本じゃいくら投手で15勝しても・・だ。やはり40本という数字が欲しかった。でも今年くらいの活躍をすればまたMVPは取れるだろう。後は怪我や故障をしないであと何年も活躍して欲しい、MVPを取るよりそっちが大事。半年、彼を応援し続けてきた一ファンとしてそれが一番、切に思っていることなんだ。

2022年10月5日水曜日

カップルじゃないアベックだよー

昨日10月4日の北朝鮮のミサイル発射は些細なところにまで影響があった。一番はいつものTV番組が見られなくなったことだ。NHK朝ドラのBS、地上波ともに定時では見られなかった。始まったばかりの「舞いあがれ!」は始まったばかりの第2話だったのにー。出鼻をくじかれるとはまさにこのことだろう。

で、朝ドラは今朝のBS7時半から2話と3話の放送があった(地上波では8時から)。それは良かったのだろうが、そのせいで火野正平の「こころ旅朝版」が放送されなかった。いや、押されてBS午前8時から再放送されたらしいが、私の予約した時間じゃないので録画はされてなかったのだ。玉突き事故だよ、まったく。こんなところまで迷惑掛けているとは絶対に分からないだろうな、将軍様は。

「こころ旅」は夜の19時に「とうちゃこ版」として放送されるからまだましだ。そっちは見た。今日の目的地は愛媛は伊予市の「潮風ふれあい公園にある築山と滑り台」だった。「瀬戸内海の眺めがいい」ということは高台は間違いなく、案の定、正平はぜいぜい言いながら自転車をこぎ、最後は歩いての「とうちゃこ」だった。投稿主は83歳の男性で「26年前、2歳のお孫と訪れた潮風ふれあい公園で、築山を下りられず泣き出した孫を抱え下りようとした途端、滑り落ち足首を骨折してしまった。遠くにいたカップルを大声で呼んで救急車搬送、2ヶ月の入院を余儀なくされた・・それ以来、公園や遊園地の滑り台を見るとその時のことを思い出しトラウマ状態が拭いきれない」という内容。そして、その場所で「あの時のカップルに感謝の叫びを正平さんにやって欲しい」という依頼、「自分でせえーよ」と毒づく正平だが結構ノリノリだった。

例によって深夜に目覚めて録画を見る私。ゲンちゃんは「何してんの、エサでもくれよー」とばかりにこっちを見ていた。正平の座っているところが転んだ場所↓。
土管の向こうから、投稿者に代わって感謝の叫びを行う正平。ちょっとクスッとなったのは投稿では現代風に「カップルに」お願いとあったのに、正平は「アベックさーん、ありがとー!」と叫んでいた。いや、わかるよわかる。昭和を生きて来た我々世代は、カップルじゃないアベックだよネー。
↓はまさに転んで骨折というシーンを再現する正平。相変わらず笑っちゃうなー(⌒о⌒)。

2022年10月4日火曜日

「機長」症候群

今日の医局会は医局長の信号Drが昨日の所属長会議に出られなかったため、私が司会をした。

その中で理事長が組織論の一つとして注意すべき事柄をいくつか話した。その一つに「機長症候群」というのがあった。リーダーの言うことに押し切られて議論や反論を止めてしまい、好ましくない結果を招いてしまうような場合を言い、もともと、飛行機の機長が間違った判断をしたにもかかわらず、それをサポートする副操縦士らが機長の誤った考えを翻意させることができず、結果として墜落事故に至ってしまったというケースからこの名がつけられているそうだ。
今の医療は医師一人で出来ることは限られれている。治療に際し内視鏡にしても手術にしても看護師や技師などチームで対処するのが当たり前だ。事が進むに当たって何か不都合が場面が生じた時、部下が「これは少しおかしいのでは」と疑問を持ったらとりあえずはそこを指摘するのが自然な態度だ。しかし上司たる機長、病院では医師がそれを無視したり、反論したりする場合も当然ある。それでも部下はおかしい、変だと思えばさらにそこを指摘するだろう。そこで上司は自分の考えに誤りがないかを自問自答し冷静に判断すべきである。しかし「機長症候群」に陥っている組織は機長のあるいは医師の言うことだからとそれ以上の追及を止めてしまい結果墜落、あるいは医療事故につながってしまうというのだ。

だから上司は部下に意見を言いやすい雰囲気を常日頃作っておく必要があり、それは自分の責任ひいては組織(病院)を守ることでもある。ふむふむなるほど。私の場合はどうか。内視鏡室の佳及Nsに尋ねると「こてる先生は言いやすい方です」と言ってくれる。確かに内視鏡室スタッフは私に結構意見を言ってくる。それを良しと私もしているからで、時に「検査前の鎮痙剤はブスコパンですかグルカゴンですか」という問いかけに、その患者にはブスコパン禁忌なのにわざと「ブスコパンで」と返事することもある。この場合、「ええ?違うんじゃないですか」と答えるのが正しい。「はい、分かりました」など言ったり、黙して指示に従ったら、私からカミナリが落ちることになる。これは「医師も間違った指示を出すことがある」ことを分かってもらうためだ。今じゃ「はいはい、グルカゴンですね」と鼻であしらわれるのだがネ。理事長に言われて、自分は日頃から「機長症候群」に陥らないよう気を付けていたんだと思った。

理事長の話が終わってマイクを受け取り、「理事長の『キチョウ』なお話、ありがとうございました」と言って、次の議題に移った。うん?あまりにも自然な物言いだったせいか、誰も笑わず、誰も「機長だけにか」などとツッコむこともなく、粛々と医局会は進行していったのだった。やれやれ。

2022年10月3日月曜日

Mリーグ、その打ち手に感心した

麻雀のMリーグが始まった。今日から半年間、1チーム4人編成、8つのチームが優勝を目指して1日半荘2回、週4日の対戦がある。AbemaTVでただで観戦出来るからちょくちょく私は見ている。

開幕戦ではUーNEXTパイレーツに新規指名された現最高位鈴木優プロがどのような打ち回しを見せるかに注目した。私は5年ほど前にこの人の麻雀本を買ったことがあって、それは戦法や打法より、対戦相手を観察しその心理まで推測して打つという誠に嫌らしいまでの戦術本で、自分にはこの人のようなマネはなかなか出来ないと思ったものだ。

ところが鈴木優、そのヤバい戦術をもってしてもMリーグ初戦ではラスだった。やはり場慣れというものが必要なのか。この人、強いのは間違いないが、ちょっとホッとしたところではある。

第2戦では女流プロの瑞原明奈と伊達朱里沙の2人の打ち筋に感心した。どちらもリーチが掛かった相手に対し自分の聴牌を危険牌を切ってでも押せるかという場面で、しっかり強気で押し、直後に上がりきってどちらもハネマンという高得点を叩き出した。↓は瑞原明奈(昨年のMVPでもある)。

相手リーチからすれば危険牌かつ暗刻牌の3ピンを切って即リーチ。一発で赤5ピンをツモってハネマンだ。

伊達朱里沙については、昨年の観戦で自身は役満四暗刻聴牌なのに、危険牌をつかみ、オリた場面に感心し、日記ネタにもした。2021年10月22日の「君は役満聴牌をオリれるか」だ。→https://koteru-nikki-2015.blogspot.com/2021/10/blog-post_22.html

今回は七対子ドラ4という手を聴牌していて地獄の西待ちのところ、親のリーチが掛かり一発で危険牌の4万を握った場面だ。ほとんどの打ち手なら残り1枚の西待ちを諦めて西を切り、待ちを変えるのじゃないかな。西待ちが上がりやすいのは分かるが、親に一発で高得点の放銃を恐れてしまうのだ。しかも親のリーチ宣言牌は直前まで待ち牌だった7索だったのだからなおさらだ。しかしこのアニメ声優は根性が据わっている。少考の後、4万を切って次巡しっかり西をツモり上がり、ハネマンを成就させた。麻雀は手作りの上手さよりもこういう押し引きで勝負がつく。勝負すべき場面でひよってしまうと勝てない。それは分かっていてもネットTV視聴者が100万人以上いるというこういう場では簡単に出来るものではない。

この上がりでトップ目の瑞原に迫った伊達は南2局に断ヤオ手のいい手に暗刻牌をどんどん引き入れ、ツモり四暗刻の手を聴牌する。なんと待ち牌4枚が全部ヤマ残りという理想的な展開で、実況の日吉辰哉が「ああ、もう上がる、次のツモで四暗刻上がりだぁー」と絶叫する中、本当にあっさりと上がりきった。↓。良く見て欲しい。ピンズの形は3から6までのいわゆる四連刻だ。ローカルルールならダブル役満である。昨年はオリた四暗刻を今年は上がりきった。いやはや素晴らしい。

私はチーム雷電の本田朋広を応援していたが、女性陣が活躍するのはやはりTV映えする。Mリーグ、ひいては麻雀自体の人気が出ることも応援したいから今夜の結果は良かったんじゃないかな。これから半年、平日の月火木金の夜を楽しませてくれそうだ。

2022年10月2日日曜日

最終戦2画面視聴

日付が変わった0時過ぎ、寝ぼけた頭でTVをぼうっーと眺めていたら、突然スマホの警報音が鳴り、びっくりした。と、ほぼ同時に家が揺れ始めた。そしてTVも宮崎方面で地震が発生と報じ始めた。家の揺れを感じながらも、その場を全く動かなかった(動けなかった?)。揺れがどんどんひどくなるようなら東日本大震災、そこまではなくても熊本地震クラスの被害が出るかも・・と緊張していると、1分ほどで収まった。TVも宮崎が震度5弱で鹿児島市内は震度3とすぐに報じたので少し落ち着いた。結局、スマホはテーブルに置いたままで、NHKBSで「ワースポ」「Pリーグ」など寝ている間に録りだめたビデオを見て過ごした。

いやいや、日本に住む限り、いつ何時地震が襲ってくるか分からない。自分のところは絶対大丈夫だ、とは言えない。ぐっすり睡眠を邪魔されるかもしれないがスマホの警報は強力だ。あれで覚醒しなければよほど〇感だろう。全くスマホってヤツは日常生活で便利なだけでなく、時には命の恩人にさえなり得る現代人必携のアイテムやぁ。

最近メジャーリーグ&大谷ばっかしの私であるが、夜はパ・リーグ最終戦の2試合を2画面にして同時視聴していた。2ソフトバンク対ロッテ、オリックス対楽天戦だ。画面視聴ってまさにこんな時のための機能だよね。この2試合の結果でパ・リーグの優勝が決まる。ソフトバンクは勝つか引き分けでオリックスの結果関係なく優勝。オリックスが優勝するにはまずソフトバンクが負けて、自らが勝たなければならない。

前半、ソフトバンクが2点を先行していた。よしよし。↓REGZAでの2画面視聴。

サブアラドDrからも電話が掛かってきた。彼も一応ソフトバンクファンだが、それより奥さんのキョーチャさんが大のファンなのだ。しかしこんな大事な試合の時は観戦できないんだそうだ。なぜかって「自分が見ると負ける」からなんだそうだ。現在病院当直中のサブアラドDrは、電話で妻に「今、勝っているよ」と教えたそうなんだが、「だめ、言わないで。そんなこと言うと後で負けちゃうんだから」とたしなめられたそーな。あはは、ありがちだー。

楽天の先発は田中のマー君だがちょっと不安。このところのマー君は往年の球威がなく負け試合も多い。5回に入って打たれ始めた。おいおい、しっかりしろよー。あちゃー、連打食らって3点、逆転されたやないかー。いや、ソフトバンクはまだ勝っているし・・。しかし、キョーチャさんが危惧したように中盤ロッテに3ランを打たれ逆転されてしまった。おいロッテ、昔近鉄の最終試合でもねばって引き分けにして近鉄の優勝をなくしたよな。くー、そんなところに存在意義を見いださなくてもええやろ!その後もソフトバンクは点を取られ、1点を取り返すも3ー5になって9回2アウト。オリックスは勝ったのでもうあかん。続けてソフトバンクの負けが決まって、グラウンドに飛び出すオリックスナイン。はぁ〜、がっくり・・。

ソフトバンクもコロナで選手が出場出来なかったりイマイチ波に乗れなかった。それに確かにオリックスも山本由伸を始め投手陣がいいし、他チームも力を付けてきている。まだクライマックスシリーズが残っているがここで勝ちきれないとあんまし期待出来ないか・・。どっと疲れてまたそのまま寝てしまったわー。

2022年10月1日土曜日

今日は写真がないワケ

長島のクリニックに大腸内視鏡検査を頼まれ、新幹線で出水駅まで行った。駅出口では先月はバーバラ植村さんを見かけたが、今日はシンタカさんにばったり出会った。よく出会うわな、駅の中は。

彼女は中学の同窓生だが、卒業後は同窓会以外20年以上特に付き合いはなかった。しかし、2000年だったかな、出水のスチョル先生から当番医の代診をしてくれないかと頼まれ、初めてスチョル内科に出向き、さあて最初の患者さんはと診たら、なんとシンタカさんだったのだ。

彼女は挨拶もそこそこに「こてる先生、今度青雲会病院で私と息子の検査をお願いできないかしら」と頼んできた。健康に人一倍気を遣う彼女故に、いろいろ気になるところがあるよう。数年前までは実母を診察や入院でわざわざ姶良まで連れて来ていた。残念ながら母親は故人になってしまったが「まだ母の持ち物整理が終わらないのよ」と亡くなっても世話が焼けるとか。今日は鹿児島市内での結婚式出席のため知り合いの人たちと駅で待ち合わせだったそうだ。

ところで、この時、私のスマホはなにやらチャイムにバイブにと連絡が同時に来ていた。しかし、シンタカさんと会話中だったのでスマホは手にすることが出来なかった。彼女と別れてから確かめると、カールからのLINEで「デジカメは家にはなかったわよ」とあり、病院医局の福香さんからは「置き忘れデジカメはこてる先生のでは?」と見つからなかったデジカメ問題が一気に解決していた。サブアラドDrの電話は・・まあいつもの麻雀ネタだろう、すでに肥薩おれんじ鉄道の列車に乗っていたのでかけ直さなかった。

折口駅には長島クリニックの事務長さんが車で迎えに来てくれていた。後部座席から阿久根や長島の風景を眺めると、まだまだ暑さは残るが彼岸花や稲穂、透き通った空気感など秋が始まっているのがはっきりと分かる。写真をーと思ったがデジカメがなかった。スマホで撮ればいいのかも知れないが、長年の習性でスマホでの撮影には気が乗らない。黒瀬戸大橋でいつもの潮の流れを見た後は、車の揺れに乗られてぐーすかしてしまった。

「先生、着きましたよ」

はっ、もう着いたか。検査着に着替えてさっそく内視鏡検査だぁー。