3.11。東日本大震災から15年が経った。マスコミ、TV、ネットでも震災の特集が多く組まれていた。今日は「あの地震のとき自分は何していたか覚えている?」という会話があった。私はちょうど午後の内視鏡検査を終える頃だったと思う。以下は当時の「こてる日記」に当然のごとく書かれてあるので再掲しよう。
内視鏡室のシホねえNsや竹の香りNsに「センセイ、大事件ですよ」と言われたのは午後の内視鏡検査がほぼ終わり電子カルテ記載も一段落するころだった。「はあ?宮城で地震?何をまた大げさなことを言ってー」と相手にせず電カルをカチャカチャやっていた。地震報道などしょっちゅうあるし宮城にしてもこれまでも何度もあったでしょ、ふーんってな感じ。
「でも、すごいですよ。TVはさっきからこればっかし」なんて言うので、手洗い兼ねてトイレに座っている時に自宅に電話してみた。するとカールも「すごい」と全く同じことを言うのでこれはーと思った。
外来備え付けのTVを見に行くとNHKアナウンサーが災害情報を伝える中、バックの映像に釘付けになった。大津波でそこそこの大きさの船が横倒しになったり揺れているところへもう一隻の船がぶつかって来たのだ。生放送だというのにコメントを発することもない。この後、ビデオ映像でまるでゴミのように車やコンテナが波間をぐるぐる揺れるのをみてうわっと思い、さらにその直後は家までぐるりと回転しているのをみて唖然とした。
阪神大震災では都市火災と建物と高速道路倒壊が最初の印象だった。今のところ「阪神」ほどは犠牲者は出ていないようだがあの津波を見ればいったい何百人いや下手すれば千人以上犠牲になるやもしれない。(3月12日午前2時現在で少なくとも330人以上との報道あり)
明日は新幹線全線開通との話題一色のはずがこれはそれどころではなくなった。ともかくも住民の安全を祈るばかりだ。
























