2016年6月30日木曜日

今度は軟膏チューブ

昔、何度か日記ネタにしたことがあった。異物誤飲癖のある中年女性患者のことだ。最初は歯ブラシだった。次は温度計と折りたたんだホッカイロ。何か強いストレスがこの人にかかると呑み込んでしまう。心理を推し量るに、小さな自分がいてストレスに対し卑下し「自分なんかつまらない(存在だ)、死んだ方がマシだ」という気持ちになり、いっそのこと死んでしまいたい、痛めつけたいとなるのだろう。今回は5gほどの軟膏チューブを呑み込んだらしい。近隣の愛乱病院からの紹介で昨夜呑み込んだらしいがレントゲンで胃の中にあるとのこと、ならば内視鏡摘出の依頼を受けるしかない。

この手の患者さんのおかげで私たち内視鏡スタッフも異物除去にはだいぶ慣れた。太めの2チャンネル内視鏡にフードを付けて残渣が残る胃の中を観察する。残渣を水で洗いチューブを探す。あった!デキサルチン軟膏のチューブだった。
見つかればこっちのもの。ここで普通のバスケット鉗子でなくERCPでの排石に使うトラペゾイド鉗子を使う。つかみがしっかりし狭くなる噴門部や咽頭で落っことさずにすむ。フード付きでこの中に異物が入るようにし咽頭を傷つけないようにして摘出できた。

以前は異物を呑み込む行為は非常に危険だからと患者に注意した気がするが今回は何も言わなかった。もう3度目。言っても無駄のような気がしてね。そこは精神科の先生やスタッフに任せよう。ただこっちもこんなんで内視鏡するのはあんまりうれしくないから今度までにしてと思うだけである。

2016年6月29日水曜日

ポリープ患者

(当直明けにもかかわらず朝から仕事がびっしり、帰宅後は案の定BTQ・・。日頃も疲れもあるせいか日記を書いても話しを膨らませられず腰砕けになっている。書いていて眠くなるので仕方ない)

この日、大腸内視鏡でポリープ多数の患者がいてポリペクトミーや生検で取りまくった。その数10個以上。ポリープ取りに慣れている私でもさすがに辟易した。で、以前はすべてのポリープを病理検査に出していたのだが今回は大きめの5個だけにして微小ポリープは提出しなかった。捨てたのだ。これはポリープ治療の最近の考え方で、できるだけポリープを取り全くない状態にすることで将来の大腸癌予防につなげようということだ。ポリープのないいわゆるクリーンコロンになると明らかに大腸癌死亡低下のデータが出ていて主に欧米のトレンドとなっている。ただ、取ったポリープを病理検査していると手間がかかりすぎるため大きさ、形で良性と判断すれば出さすにすまそう、それでよいと考える。今までは5mm以下のポリープはすぐに癌になるわけでもないので取らずに経過観察または放置していた。その方針は今でも多くの施設が踏襲している。青雲会病院でも基本そうだが、新しい方針も試してみようと昨年末から試しているところだ。

で、1週間後に「取ったポリープの病理結果を説明します」と患者に伝えておいたのだが以外な結末にあんぐりとなった。

(今、夕方18時半。ちょっと時間ないのでまたあとで)
(ボウリング練習終わって帰宅。今日は昼食後仮眠がしっかり取れたのでだいぶ元気になった)

そうそう、そのポリープ患者なんだが、1週間後に結果説明を聞きに来ることはなかった。そして永久に来ることはない。なんと首つり自殺してしまったのだ。詳しいいきさつは分からない。ポリープを苦にしてということはないだろう。いやー、分からないものである。

2016年6月28日火曜日

梅雨が明けるには・・

昼13時過ぎ、内視鏡室から点滴室を通ると、外の雨が結構降っているのに気がついた。近くの有料老人ホームのサザンブルーは見えるが遠くの姶良の山は全く見えない。そして病院横を流れる用水路がすごい濁流になっているのに驚き、写真と動画を撮った。ここまで水量が多いのは滅多にない。

後から分かるのだが、それから1時間ほど経ったころ同じ姶良市蒲生で裏山が崩れ土砂が自宅に落ち住んでいた50才代の姉妹二人が生き埋めにあった。間もなく救急隊から青雲に一報があって受け入れ可能かとのことで、救急当番の私はOKを出した。しかし、すぐには運ばれないとのことで、私は内視鏡検査を続けた。しばらくすると、「女性はドクターカーで鹿児島市内の病院に運ばれた」ため青雲会病院には来ないとの連絡があり少しほっとした。いったいどのくらいの被害に遭ったのか詳しいことは伝えてもらえなかったが鹿児島市内へというところからして重傷に違いないと思った。

内視鏡検査も終わる頃、また救急から連絡あり、自力で脱出したもう一人の女性を救急搬送してよいかという。無論OKでその後私が担当することになった。本来なら整形外科(非常勤で福岡から週2日だけ来てもらっている)ケンケンDrに一旦診察してもらい治療や回復の目処はどのくらいかと聞いてから入院担当するのだが、何とケンケンDr、大雨のため昼過ぎには病院を出て福岡に帰ったらしい(帰れなくなるとイケンしねえ)。うう、何と間が悪い。しかしそれもこれも全ては大雨のせいなのだ。

鹿児島では「死人が出ないと梅雨が明けない」なんて物騒な言い伝えがあり、うちのデンコーもそれをよく言っていた。鹿児島の運ばれた妹さん、その後治療の甲斐なく亡くなったと新聞で知った。姉妹で家から避難する寸前だったらしいが誠に残念なことだった。

その後1週間経っても梅雨明け宣言は出ていない。死人は出なくても梅雨はそろそろ明けて欲しいものだ・・。

2016年6月27日月曜日

講演会流行(ばや)り

最近は製薬会社の医者相手の活動も妙にまじめなものが多く、ネットを通じて演者の講演を聴くWeb講演会なるものも多い。演者も視聴者も自分のテリトリーで講演、勉強が出来るので有り難い側面がある。今回はそのWeb講演の記録されたカタログの中から私の興味のあるものをセレクトしMRが準備して医局で聴いた。タイトルは「実地臨床に役立つ大腸腫瘍診断」で内視鏡観察の仕方(画像処理など)でポリープや早期癌の診断、深達度を極めようというお話だった。40分ほどの学会のメイン講演に匹敵する内容で聴いた甲斐があった。それに弁当も付いていたしネ。

今回は私とクニンダDrの二人だけで、明日は6、7人参加で隣の小会議室である。10数人の場合もありその時は大会議室が使われる。Web講演も盛んだが普通の講演会も毎週どこかのホテルでどこかの薬品会社が後援して開かれている。ビッグな会だと都会のホテルで何百人規模で行われる。まさに講演会流行りだ。以前はMRの勉強会と称する飲み会も多かったが今は完全になくなった。健全になったとも言える。それはいいが、実は明後日の水曜もぜひうちの講演会に来てくれと頼まれているがさすがにうんざり気味でボウリング練習に充てた。木曜は青雲会病院の勉強会で某大学教授の講演もあるしー。

昼は仕事で夜は講演会、ちいとは休まないといけんかのう・・。

2016年6月26日日曜日

山がない

1ヶ月ほど前に読んだ本に「日本人が気付かない世界一素晴らしい国・日本」ケビン・M・ドーク(ジョージタウン大教授)著がある。なんかいやらしいタイトル(売らんかなが透けて見える)で普通なら手に取らないのだが、外来に来た80才代のおじいさん患者が手に持っていたのをみて読んでみようかと思った。作者は高校時代に日本にホームステイしたのがきっかけで(日本に来る前日本語は1時間しか勉強していない)日本に興味を持ち成人後再来日し留学し日本近代史を勉強した人である。

タイトルは「世界一素晴らしい」となっているが日本を批判すべき点は結構しておりやはりウケを狙ったものであろう。いろいろためになる指摘もありそれはここには書かない。私がこの本を読んで一番印象に残っているのは、実は冒頭に書かれてあった作者の故郷ミシシッピ川沿いの大平原の町には「山がない」ということだった。四方見渡しても真っ平らの風景した見たことがなかった。だからステイ先の長野に電車で向かうときに地平がワーッと迫ってくるような印象を受け、このまま電車が山を登っていくとどうなるかと不安になったそうだ。写真や絵で知っている山というものは三角の尖ったものだ、そこまで行ったら電車は・・と。最初の山を越えて「ああ、これは大丈夫だ」と安心でき、日本文化や日本人との接触にも「山を越えても死ぬことはなかったから、これからも大丈夫だろう」と思い、気持ちが落ち着いたんだそう。

国民性は土地や風土に起因することが多い。山国日本では山の存在を意識しない人はほとんどいないだろう。ただ、それは他国の人にとっては当たり前ではない。そういうことに気付かされただけでも読んだ甲斐があった。

2016年6月25日土曜日

ビートルズ来日50周年

久しぶりに歯科医師会月例ボウリングに参加した。6ゲームハンディ戦だ。年齢から55を引いた数がハンディピンで私は1ピン/ゲームで参加者は10人。女子も3人いて彼女らは15ピンのハンディ、最高齢はノゾえもん先生で22ピンもある。私は同窓生でもあるMノ下先生と同レーンでだった。最近の好調ぶりからハンディ差をものともせず優勝できるかと期待したが二つの理由で敵わなかった。

一つ目は前半にこのところの悩みである3歩目がぐらつくフォームの不安定さが出たこと、二つ目は後半右側レーンの曲がりやすさに対応出来なかったことだ。1ゲーム目が147、6ゲーム目151とこんなロースコアを出したら勝てない。中盤は203、205、203と3ゲーム200アップ出来たが、左のレーンはほとんどストライク出せるのに右のレーンは曲がりが強くストライクは数回しか出ずスプリットも出た。スコアの出にくいレンコンだとハンディキャップがものを言う。優勝は予想通りノゾえもん先生だった。でももう少しジツリキがあれば勝てた。またの機会があれば今度は優勝出来るようもっと力を付けねばナ。

NHKが最近ビートルズの特集をよくしている。武道館公演で来日したのが1966年の6月29日でちょうど50周年になるからだ。もうそんなに時が経ったのか。私は小学1年だったのでその時の騒動はまったく知らない。でも小2か小3の頃、ショートボブの女の子に「やーい、ビートルズッ」と囃し立てたのを覚えている。外タレで小学低学年にまで名前が知れるのも珍しいだろう。今で言えば小2のガキが「テイラー・スウィフトがさー」と言っているようなものでまずあり得ない。そもそもビートルズファンになったのが中3のころですでに解散して3、4年が経っていた。40年以上聴き続けていまだに飽きもせず聴いている。やはりすごいとしか言えない。ビートルズの曲はテルやチッチも私の影響でよく聴いているし世代を超えて今後も愛され続けることだろう。


ちなみに好きなビートルズの曲は多すぎていちいち上げられないが、敢えてマイフェイバリットを3つ上げれば「ヘイジュード」「抱きしめたい(アイウォントゥホールドユアハンド)」「ノーウェアマン(ひとりぼっちのあいつ)」になるかな。いずれもよく聴くしよく口ずさむ3曲だ。ビートルズを語ればいくらでも時間は過ぎる。またの機会にー。

2016年6月24日金曜日

自己最高、海広しDr

今日の串木野トリオリーグは開幕戦だった。前期は最終戦でチーム6位だったのが何と(私の活躍で)2位になっていた。これホント。たまには良い働きもするもんだ。

その開幕戦だが、朝、海広しDrからメールがあり「風邪を引いてMRのどちらか代行できないか」ということだった。で、タシケント、スリウェル両君にメール送るもどちらも都合が付かなかった。これじゃサキシゲさんと二人でトリオ戦を戦うしかないか?すると夕方「体調が少し戻ったのでいけるかも」のメールが海広しDrから届き、どうなるかとやきもきしていると、ややむくみがちで顔色の悪い海広しDrがやって来た。おお、さすがキャップテン。「役に立てるかどうかは分からないですが」と恐縮気味で確かに表情はきつそうであった。

おそるおそるの海広しDrの一投目は・・これがストライク。これで少し安心したか、「今日は全くダメか、意外にとてもいいかのどちらかだと思っていました」とのこと。ふむふむ、全くダメということはなさそう。私はスペアが多く5フレに最近たまに出るガターで崩れそうになったがそこをスペア(次10本倒した)でしのぎ結局ノーミスで214を出した。

海広しDrはダブルの後8本スペア。そしてそして、ここから奇跡の快進撃が始まった。ストライク、ストライクの連発で何と10フレを迎えるまでストライクは続き、それまで動画撮影を控えていた私も記録しとかなきゃとデジカメを手にした。「呪いのデジカメ」と私は呼んでいてこれで撮影するとたいてい連続ストライクが途絶えるのだ。10フレ1投目もストライクで次は撮らなきゃと撮影すると「呪い」を跳ね返し見事ストライク!これで8連続となった。

「いやー、投げ方がおかしくなったけどストライク取れてよかったー」と海広しDr。そうかそうか、風邪パワーは呪いも呑み込んだか。これで彼の自己最高はガターしない限り達成だろう。最終投球は7ピンが残るも277!
何と出場も危ぶまれたほどの体調だったのに自己最高スコアを達成するとは。ボウリングって分からないねえ。力が抜けきれいな振り子スイングが出来ていたのがよかったように思う。この後は疲れも出てじり貧だったが何せ自己最高スコアが出たんだ、風邪を押して出場した甲斐があった。おめでとう!

2016年6月23日木曜日

憂さ晴らしには

雨だねえ・・まさに梅雨真っ盛り。うっとうしいこの時期の憂さ晴らしにはボウリングか麻雀かあ?てなわけでもないが昨日から4日間夜はボウ、麻、ボウ、ボウと続く。昼間は仕事で夜は遊びで忙しい。家でビデオ見てゆったりするのも好きなんだけどねー。

今夜は平日久々の麻雀で木曜が多いのはダイボDrが毎週金曜が休みだからだ。結果はちょい負け。トップラスの多い内容だった。サブアラドDrがこのところ好調だったが久々に負けた。ネットでは不調だけどリアルは好調と言っていてその通りだったけどそろそろ潮目が変わったか。私は4月までの絶好調からリアルは負けが込んでいる。そろそろ浮上したいよー。

夏野菜の話題をこの前少ししたが、実は青雲会病院の一見の敷地内と見まごうところに民家の畑があって野菜が植えられている。青雲の職員はこの畑を横目にゆるやかな坂を上り通用口を目指す。昨日、帰りがけに畑の中に若い女性が二人立ってスイカを食べているのを見かけ、急停止し写真に撮った。よく見れば医療事務のウエストエンドさんとウイングスラさんだった。持ち主のおっちゃんにもらったのか買ったのか他にも野菜を手にしていた。なかなかさわやかな感じだったので憂さ晴らしに載せておこう。

2016年6月22日水曜日

昇段祝いだっ

今日は「ボウリングの日」だ。私はもちろん知っていたがそれをムッちゃんNsからも言われた。「ラジオで聞いた」んだとか。うむ、ラジオも粋なことをする。だいたいこの日はボウリング場はゲーム代を安くすることが多く、今夜の練習もT-MAXは1ゲーム100円だった。それでダブルス戦はゲーム代を賭けたところ、私とアンドキサチームは2連敗。でもあまり痛くはなかった。いつものジュース代より安いんだから。(くやしいけどそう思うことにしよっ)

帰宅してネット麻雀天鳳のサイトに行き、開けたいゾMRに電話をした。実は彼、待望の七段に上がったばかりで今日が鳳凰卓初打ちだった。で、その記念に私が同卓しようと事前に伝えていたのだ。初打ちは2位だったそうで、次局私(デルバラド七段)とせーので同時アクセスしいよいよ対戦が始まった。
東1局は軽く私が2000点を上がるもその後開けたいゾMR(おおばば七段)はリーチドラ3の満貫を上がるなど南場に入ってトップ目になった。ラス前、私は対面と2万点ほどで同点ラス。とはいっても極めて僅差でトップ目もまだありどうなるか分からない。私はタンヤオ手の対子系手牌。親の開けたいゾ君は萬子のホンイツか。ポン、ポンと鳴き手が進んでいる。すると私が6巡目タンヤオ七対子ドラ1で聴牌した。8ピン待ちで親には危険牌の5萬を切る。セーフ。しかし次のツモ牌2萬をどうする?スジでもあり切って勝負した。しかしこれがホンイツトイトイ白発の親ハネ18000点!がーん。これでほぼビリが決定だ。よくよく考えれば高そうな親の手に突っ張りすぎだった。無理せず安全牌の4萬の対子落としだろう。聴牌するとイケイケになりがちな自分の欠点が出た。

この後、オーラス満貫手を作りツモればラス脱出だったがそうは簡単に上がれず屈辱のラスをくらった。で、おおばば七段は鳳凰卓初のトップを獲得。くーーっ。そうそう、これは昇段のお祝い、ご祝儀なのよ。分かってる?この次はそうはいかないよ。

2016年6月21日火曜日

ため息・・アルコール依存症

アルコール依存で肝機能が悪化し腹水が溜まった中年女性を外来で診た。顔を見るとげっそりし色が悪く身体はもちろん痩せている。利尿剤での治療が必要で入院を勧めたがイヤだと言う。「まだアルコールが飲みたいから?」「いえ、今は飲んでいません」とのことだが、アルコールも飲めないほど体調が悪くなっただけなのだ。採血やCTでの肝臓の様子からアルコールさえ止められればこの人は普通に生きていけると判断できる。しかしそのアルコールを止めるというのが大変に難しい。依存症の人に目の前に依存物があればどうしても手が出てしまう。アルコールは世に氾濫している。手を出すのは簡単なのだ。

私は患者に言う。「このままだとあと生きられるのは5年か10年か。これまで40代で死んだアルコール依存患者を何人も見てきた私がいうから間違いない。アルコールさえ止められれば普通に生きていける」とまず脅し気味に説明する。それだけではだめで内服も出す。この患者は数日前に診療して少し体調が上向きで私の指導を守ろうという気になっているのでもしかしたら入院でなく外来でもやっていけるかもしれない。だが、家族が付き添っておらず来院したのが一人というのがなあ。依存症は一人ではなかなかに治療困難で周囲のサポートが必要なんだ。人は自分さえよければというときにはすぐ挫折するが、他人のためにという気持ちがあると頑張れる生き物で、周囲が自分のこと心配して何かしかやってくれるとそのためにもアルコールを断たねばと思う。

でも・・それでも上手くいかないことが多い。周囲もやがて呆れ、諦観するようになる。家族の枠を越え自助会のようなグループに参加しみんなと頑張る姿勢があれば・・それで上手くいくこともあろう。要するにアルコール依存症は並みの病気なんかよずっと治療が難しいってことを言いたい。この人も立ち直ってくれればと本当に思うのだが、今の自分に出来るのは外来で話しを聞き、支えていくくらいしかできない。ため息が出る。

2016年6月20日月曜日

こてる版小説「鼻」

例の顔シールでまだ職員に質問されるので、そのことを医局でぶつぶつしゃべっていると、

施術した当のええのんかDrが「せんせ、スキントンテープに張り替えましょう。その方が目立たないし傷もよくなりますよ」と先生自らテープを切って貼り替えてくれた。

すると途端に誰からも指摘されなくなった。それで、「あのー、ここ手術したんだけど分かる?」とあちこち人に尋ねている自分がいた。

この一件、芥川龍之介が夏目漱石に激賞されたミニ小説「鼻」を思い出す・・。

2016年6月19日日曜日

第8回AKB総選挙

昨日はいつもの見せたまえ雀荘で麻雀しながら夜はAKBの総選挙番組を見ていた。峰岸みなみが17位でスピーチをしているところから始まり、順次読み上げられ、2位発表まで麻雀にやや集中できない状態だった。今回はそれほどのサプライズはなく、まず印象に残ったのが6位の宮脇咲良ちゃん。半泣きで結果に満足していないのが明かで、ある意味ビッグになったものだと感慨深かった。7位から6位でも前回より票数は減っていたしもっと上に行けると本人は思っていたのだろう。しかし4年前、ただ一人HKTから64以内に入り(47位)、名前が呼ばれた瞬間、びくっと身体が半分浮き上がり信じられないという表情で壇上に上がったあの娘が6位で悔し涙を流すまでになった。今18才で見た目も身長も別人のようになり女子のこの時期の成長は誠に著しい。↓上が今回、下が4年前。


その点で言えば3位の松井珠理奈も元々大人っぽい顔がますますらしくなり「まだ19才、あと5年は卒業しませーん!」と言われ、ああまだ19才だったかと改めて若さに驚く。11才でSKEに入り初っぱなからセンターを任され48グループをしょって立つエースと言われ続けようやくこれまでの最上位の3位になり笑顔だった。
去年は5位で今回の宮脇咲良同様悔し涙を流した甲斐はあったな。でも、来年はせめて2位以上にならないとさすがの彼女も苦しい。アイドル界も新陳代謝が激しく20才を過ぎればもう伸びしろが少なくなる。

その点、指原莉乃23才はすごい。今回も彼女が1位はまず予想されていた。彼女の場合はアイドルというよりバラエティーを含む大衆人気に支えられている。とにかく露出が多く、あまりアイドルに関心のない見せたまえDrでも「指原は知っている。機転が効いていい娘じゃないか」というくらいだから。今回の結果、まゆゆ推しで指原嫌いのテルは気分が悪いだろうな。1位に対する反発はアイドル界では常にあり前田敦子もだから1位になったとき「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないで下さい」なんてマイナス思考的なコメントをスピーチした。指原莉乃は今回は3度目の1位だけあって余裕が感じられた。
王道からやや外れた彼女がこんなに強みを見せるのもAKBの面白さだ。注目度や関心がやや低下しつつあるAKBだがまだしばらくは芸能界での確固たる地位は揺るがないだろう。

追記:そうだ、今回も裏MVPとして笑わせてくれたのがHKTの神志那結衣(こうじな・ゆい)だ。去年は鏡チェック、博多弁で大受けしたが今年も鏡の前髪チェック「めっちゃかわいいです」で笑わせたあと、急に両脚をもぞもぞさせると「うれしすぎておしっこもれそうです」と3万人の観衆にぶっちゃけ、「行ってきます」と言い残して本当に舞台裏へと直行してしまった。唖然、呆然、騒然、大爆笑!あはは!

2016年6月18日土曜日

弱ネコ、ゲンちゃん

昨日、カールがゲンちゃんにお土産って買ってきたのが安物のネズミのオモチャ。ねじ巻くとちゅるちゅると数秒間動く代物でネコならばネズミと思って引っかき回しそうなオモチャだ。ところがー。ゲンちゃんたらこれにビビりっぱなしで最初はごろんと横になり後ろ足でちょこっと触ってはもう降参とばかりにお腹を出しよった。これに私はあきれてしまった。こいつ、ホントに弱虫、いや弱ネコだ。ネズミにもビビっていちゃぁ昔だったら家にも入れてもらえず餌にもありつけないだろう。

そんなんじゃいかん。鍛えてやろう。で、何度もねじ巻いてゲンちゃんにネズミを向かわせた。最初は飛び上がったり、さっと逃げたりしていた。
さすがに降参はしなくなり、怖い敵だとは思わなくなったのだろう、最後は近づいてなめる仕草もするようになった。ふー、やれやれだ。もう、ネコはネズミより強くなくちゃネ、ゲンちゃん!

2016年6月17日金曜日

こてる先生、美容整形を受ける?!

以前から眉間に小さなイボ(ほくろの一種)が出来ていて、写真に撮ると少し目立つので人とのツーショットのプリントアウトでは画像処理して上げたりしていた。昨日、カールがたまたま写真を見ていたら「あら、テルくんこんなところにおできがあったっけ」と気付き、「何年も前からあるよ」というと「全然気付かなかった」だって。
人から見たらその程度のもので気にすることもないのだが、「(形成外科の)ええのんか女医が今月で常勤から非常勤になるから今のうち取った方がいいか尋ねてみようか」と、ふと口に出すと「うんうん、取ってもらったらいい」とカールが乗り気だった。てなわけで本日夕方外来で切除術を受けることにー。忙しい私は病棟スタッフに「午後4時半から私は手術を受けるから病棟業務や病状説明などはできないから」と伝えていた。そしたらなぜか私が手術室に入ってなにやら手術をするという風に伝わっていたようだ。さもありなん。実際のシチュエーションの方が考えにくいのは確かだ。

で、外来ナースらが茶化す中、ええのんか女史による執刀が始まった。と、大げさに書いたがほんとはメスで切り取りその後止血のために電気メスでじりじり焼くだけの簡単なものだ。切られる時に痛みはほとんど感じないが、局所麻酔で最初にブスッと注射針を刺された時は瞬間痛かった。
メインの眉間ほくろの他あと2ヶ所取ってもらい20分もかからず終わった。傷跡には保護シールを貼った方がのちのち目立たなくなるそうだ。
ただ貼ってもらったはいいが結構目立つ。このあと行く先々で「センセ、どうしたんですか?」の質問攻めにあうことになる。目立たなくするためにやったことが一時とはいえ返って目立つことになった。こうして皮膚美容じみたことをしていると顔のシミや荒れも気になってくるなあ。うほ、そうか、こうやって美容整形にどっぷり浸かってしまいには崩れたりお化けになる整形中毒患者が生まれてくるのか・・・気をつけよっ。

2016年6月16日木曜日

MRのカガミ

午後休みで帰宅すると、家の小さな庭にゴーヤとナスがの小さな花が一つ二つ咲いているのに気がついた。もちろんカールが植えていたのもので一つは黄色、一つは紫色で、ナスは小さな実も出来つつあり、ううん?なんだか形が男の子の小さなお〇ん〇んみたいでかわいいぞ。梅雨も明ければいよいよ夏本番だな。(上がナス、下がゴーヤ)

海広しDrからメールではなく直接電話がかかってきてボウリングの話題かと思いきや、「麻雀のことなんですがー」だと。今度の日曜に海広しDrの出身科での麻雀大会があるが欠員が出て面子探しをしている、先生の都合がよければいかがかということだ。うわ〜、他科の大会とはいえ面白そうじゃないか。16人参加で4卓立ち、4戦の結果で上位が3戦で決勝を争い優勝者を決めるんだとか。しかし終わるのは18時以降になるらしくその日は夕方から病院当直が組まれていてちょっと無理そう。残念だがお断りせざるを得ない。他もあたっているが誰かMRさんで参加出来そうな人がいないかとのことでそれならと開けたいゾMRに連絡を取ってみた。実は開けたいゾ君、土曜に私たちが誘って闘牌することになっている。2日続きはさすがに無理じゃないか。イヤ本人はいいとして奥さんがどう言うかねえ。でも意外にも開けたいゾMR、「わかりました。参加します。もし別にDrの面子が決まればその時は連絡くれれば降りますから」となんとも都合のいい役割をしてくれるとのこと。MRのカガミだわ〜。

MRのカガミといえばスリウェル君も私とはボウリングだがシマッチ院長とはマラソンで付き合いがある。青雲会には院長、副院長ともにがっちり食い込んでいる。だいたい相手の懐(ふところ)に飛び込むとMR活動はうまくいく。私でいえば以前麻雀でアンベMRが大いに活躍し彼はアルコールも得意で他にお得意様のDrも多かった。そして某県の支店長に栄転していった。他にAKBで食い込んでいるヨシタクMR、高校野球の三高MRもいる。今のところ韓ドラはいないなあ。そして最近とんとやっていないが囲碁も麻雀並みに好きだからそこに食い込むといいかも。青雲医局には碁盤もちゃんとあるから待ってるよー。

2016年6月15日水曜日

プ女子

MBCのローカル番組「てゲてゲ」で鹿児島の「プ女子」が取り上げられていた。「プ女子」とはプロレス好きな女子の略で最近増殖中なんだとか。冒頭、プロレスマスクをかぶって登場したMBCのMC女性が傘を差して道路を歩いていた。お、やっぱり。そこは青雲会病院の目の前の道路だった。
そして堂々と青雲会病院の前景が画面に現れ、玄関前に女子3人が並んで立っていてそれはみんな青雲会病院に勤務している栄養士3人でお気に入りのプロレスTシャツを着ていた。こいつらがプ女子!中心メンバーは川の秋さんで彼女がみんなをプロレス界に引っ張り込んだのだ。
1年ほど前に私は彼女がプロレスにハマっていると聞き、姶良出身の人気プロレスラー飯伏幸太のことも知ったのだった。
もう栄養科の女子全員巻き込んでプ女子の部屋にしちまったようだ。栄養科のブログが半分はプロレスがらみだったのが取材を受けるきっかけになったとか。
少しは病院の宣伝にもなったかな?そのインタビューにもよどみなく答え、「あれってショーですよね」という榮德アナウンサーの質問には「ショーじゃないです、試合です」とキッとなって反論するなど堂々としたものだった。
その後、何と飯伏幸太の実家に寄ってお母さんともどもプロレス会話に興じていた。

いやはや最近は「男もすなるXXといふものを女もしてみむとてするなり」のXX女子、〇〇ガールなるものが大流行りだ(カメラ女子、歴女、山ガール、釣りガールなど)。男女雇用機会均等法の施行から30年、その主旨は確実に世の中に浸透しているわい。

2016年6月14日火曜日

「もっ韓」だぶり

ちょっと最近私の趣味で韓ドラがやや低迷気味だ。ボウリング、麻雀は相変わらず堅調、山登りはTVでぼつぼつ眺め、読書も時々している。超良質ドラマの「未生(みせん)」を見続けていたが一旦録画に失敗してから中断している。今はネットで見直すことが出来るけれどドラマに集中する気力が湧かない。スライド作りもあったしー。

そんな中、ずっと韓ドラ雑誌(「もっと知りたい! 韓国TVドラマ」 2ヶ月に1刊)だけは定期的に注文して今回も注文した。で、読み始めて数日、ふと雑誌置き場に全く同じ表紙の韓ドラ雑誌あるのをみて驚愕した。こ、これは!なんと全く同じ雑誌、2ヶ月前の第72刊目を注文していたのだ。これはどういうことかというと前刊をほとんど読んでいなかったせでネット注文の時に表紙を確認したにも関わらず新刊と勘違いしただった。韓ドラを見ていればたまにこの「もっ韓」を手にし間違うことはなかったろうに。

関心が薄れているからといって購読をやめるに気にはならない。年に数回韓ドラを見たり関心が出たりしてこの雑誌をよく取り出しているから。共同通信の取材力を生かし俳優、女優やドラマ関係者のインタビューが売りで人物関係図も分かりやすくドラマを見るときに大いに役立つ。しっかし同じ物2冊はいらないよなぁ。渋めの韓ドラスター「ソ・ジソブ」の特集で誰か彼のファンでもいれば進呈したいところだが・・。

2016年6月13日月曜日

老人を見たら〇〇と思え

朝礼スピーチはまずまず好評で終えられた。最後のボウリングも私がストライクをとってドヤ顔だろうという予想を裏切り、みんなのウケは良かった。スピーチの仕方も上手になっていると複数の人からお褒めの言葉もいただき、思えば去年から何回もやって慣れてきたからだろう。いやー、それにしても疲れがピークだ、少し仮眠してから病棟業務に入ろう・・。

しかしその仮眠がなかなか取れなかった。月曜は血液検査など入院患者に実施することが多くその判定や指示出しなど一通りやるだけでも2時間以上かかるしー。内視鏡室から手伝いに来てくれないかと催促もあったが断った。とてもそんな余裕はない。救急担当は終わったはずだが午前と午後に上部消化管がらみの高齢患者が運ばれそれは私が担当することになった。ふう・・どうにか仮眠出来たのは昼前の救急外来室でのことでそのままうつ伏して15分くらい寝ていた。さすがに周囲の目もあり誰かが起こしてくれたがこの15分仮眠は結構効く。夕方までは普通に仕事が出来た。起き上がった時には顔が鬱血し赤い隈取りのようになって周囲が驚いていた。

午後は可愛いんだ理事長が外来で診た高齢女性が粟粒結核でその話しを聞いて少しビビった。前日から発熱で状態悪いとのことで近医クリニックから紹介受けて胸部レントゲン撮ると粒状でびまん性に拡がる浸潤影に理事長はピンと来て胸部CT、喀痰検査を指示した。するとガフキー4号が出てもろ肺結核だった。私が最初にその画像を見て理事長みたいにてきぱき判断できたか?もしかしたら別の肺疾患を考えてしまわなかっただろうか。これを別の病気間質性肺炎などど速断していたら治療法が逆効果になっていたかも。当然結核を診ることの出来る病院で治療すべきのところ、他の合併症もありすぐには受け入れてくれそうになかったらしいが、そこは理事長の押しの強さで同意させ転送と相成った(そうだ)。先週もガフキー2号(10号が一番重い)患者が見つかりその人は入院時に疑いがあり陽性が出た翌日に転院した。

かつて結核蔓延時代に罹患し沈静化していた高齢者が抵抗力が落ちて結核発症するケースが今後もしばらくは続くだろう。よく「女を見たら妊娠と思え」は医学界ではよく聞かされる格言だが「高齢者(老人)を見たら結核と思え」も新しい格言になるかも。

2016年6月12日日曜日

Dr.磯賀氏

日曜は朝から当直。当番医ではないので先月ほど忙しくはないがそれでもぽろぽろと救急や外来患者が来た。明るいうちに入院になったのは99才と92才の超高齢者二人で最近は90才代患者はまったく珍しくない。常に5、6人は入院を受け持っている。長生き出来るようになって来たのはいいが、完璧な人などいるはずもなくどこかしら故障、臓器不全を抱え、それがなくても全般に衰えがある。結局、家族も自宅でそのまま見過ごせず病院に連れてくることになり、救急外来は常に忙しい。昼には下血の入院患者の緊急大腸内視鏡もした。

しかしどんなに明るい時に忙しくても、日当直は未明に患者が来るかどうかで翌日のきつさが決まる。今回は「きつい」パターンだった。午前3時、4時半、7時に救急患者が来れば1時間半睡眠を3回合計4時間半寝たでしょうと言われてもそんな気になれない。未明の人たちは40才以下で喘息、憩室炎、胆石と確かに苦しみ、痛みがあって病院に来ずにはいられなかった。結局、瞬間受け持ち患者が27名になり自己最高人数になった。外科転科や午前退院患者がいたのですぐに減ったもののそれでも多いね。20人を越えるとやはりきつい。

ふ〜ぅ、このあと朝礼スピーチか、そして月曜夕方まで仕事はつづくぜい。どっかで仮眠しよう、それくらいしないとやっとられんわい。

2016年6月11日土曜日

「かりてきたネコ」

午前中は外来で無駄口きかずにさくさくと診療を行った。昼前に旧友のグチやんが来ていつもの処方薬を出し、その後奥さんの病状を尋ねた。「大学病院で抗がん剤を打って2週間入院し最近帰って来た」という。癌が尿管を圧迫し尿閉にもなったというから結構深刻だと推測される。下の子はまだ高校生でまだまだこれからなのにきっとつらいはずだろうが淡々としていた。グチやんは子どもの頃、母親を妻と同じ病気で亡くしている。私もいつもは冗談など飛ばすのにさすがに言えなかった。

明日が朝から当直、今夜は麻雀なので月曜朝礼スピーチスライドはお昼が勝負。今回のテーマの「人の叱り方」の面白く役に立ちそうなまとめサイトをネットを駆使して探していく。そのうちに産業カウンセラーの渡部卓氏の著書から「かりてきたネコ」というキーワードを見つけた。叱るときに注意すべき心構えの頭文字を並べるとこうなるとのこと。これはいい。キャッチーだしネコだからゲンちゃんの写真も使えるかも。

「か」・・感情的にならない
「り」・・理由を話す
「て」・・手短に
「き」・・キャラクター(人格・性格)に触れない
「た」・・他人と比較しない
「ネ」・・根に持たない
「コ」・・個別に叱る

よしよし、これを説明すれば半分は終わったようなもの。そしてこの前の内視鏡室でのエピソード(「き」キャラクターに触れない)を入れることで単なる本の受け売りにならないようにしよう。ゲンちゃんの写真で「かりてきたネコ」風のものを探しそれを貼り付けた。 

ふう・・最後は私のスピーチスライドのお約束、ボウリングビデオだ。今回はどうもテーマと結びつけにくいが一昨日、国分スターレーンでタナカッツMR相手に私が投球指導する様子をビデオ撮影しておいた。それを使う。人を叱らず動作を叱るという意味を込めている。 

これはいかにもきちんと指導しているように見えるが実はすべて演技で私はなにもタナカッツ君にしゃべっていない。彼も「はっ」てな感じで 頭を下げているがこのビデオ、4回目にしてやっとOKにしたもの。ふふ、そしてこの後私が投球してみせる。ところがこっちは本物でダブルスでターキーの後の4フレ目、ここでストライクなら序盤にしてほぼ勝利確実という場面だ。↓を見てみて。


がーーん!ストライク狙いすぎてガター。この口惜しがりようは本当である。このゲーム、終盤までもつれてわずか1ピン差で私たちのチームは負けたのだった。指導する方もミスはする。頭ごなしに叱っても相手の反発を招くだけ。そういう教訓だった。

2016年6月10日金曜日

ボウリング好調だけど・・

今夜は串木野トリオリーグの今節最終戦だった。一時首位2位を争っていたビッグオーシャンチームも失速し6位に落ちていた。ただ、トップ2は離れているが3位以下とはそんなに差は開いていないので今日は頑張るベ。

練習ボール投げてみて昨日国分スターレーンで練習したコンディションと似ていると思った。真ん中はオイルがやや多く、従ってちょい右5枚目付近に出してレーン奥でぐっと曲がらせればストライクが出やすい。1ゲーム目はイージーミスもあって185に終わったが要所要所でストライクを出してチーム得点は268でライバル2チームに全勝ち点を奪取できた。2ゲーム目は236を出しチームも289点でまたもや全勝。今日は二人がストライク取れない時にアンカーの自分がストライクを出すいわゆる「仕事をした」ケースがこれまでで一番多く3ゲームで計10回もあった。3ゲーム目はさらに調子よくストライク連発。5ゲーム目に10ピン残しイージーミスした以外は9フレまで8ストライクだった。迎えた10フレ、1投目ストライクならば3戦全勝だったのだがあろうことか7ピンカウントでしかもスペアミス。232に終わりチームもおっさんチームに4ピン差の260で1敗をくらった。まだまだやなあ。

でも今回はポイントを大きく伸ばしたので最終順位は間違いなく今より上に行くだろう。発表は時期開幕戦で3位くらいになったらいいのだがー。個人的には最近ようやく調子が上向きだ。今月は歯科医師会の月例会にも参加予定でまた優勝できればイイナ。

そんなこんなで調子良く帰宅したが、すぐに来週始めの朝礼スピーチスライド作りに頭を悩ますことになる。今週は日曜当直の疲労が残ってほとんど床寝のBTQばかり。ほとんど手を付けていなかった。1枚目はどうにか作ったもののまたもや眠気でどうにも我慢が・・。むむむ、明日は夜は麻雀(しなけりゃ時間取れるのにネ)で昼に4時間ほど時間があるだけ。そこで一気に作ろう、いや作らねば!

2016年6月9日木曜日

作詞家阿久悠1977年

BSジャパンの「あの年この歌〜時代が刻んだ名曲たち〜」(毎週土曜日の18:00ー18:30放送)は好きな番組でいつも録画して見ている。6月4日は1977年が取り上げられその中から狩人の「あずさ2号」を特集していた。改めて聴くといい曲、スケールの大きな曲だ。出だしのゆっくりとしたフォーク調で私小説風の歌詞から最後は有名な「8時ちょうどの〜あずさ2号で〜私は私は〜」で怒っているのかとさえ思うほどの盛り上がりをみせる。ただ曲のイメージが強すぎ、狩人もこの曲以外ぱっとせず歌いたくなかった時期があるそうだ。でも、代表曲があるだけでもいいじゃないかと考え直し積極的に今でも歌っているのだとか。そうそう、1曲だけでもみんなが知っているヒット曲があると芸能界では生きていける。何のヒットも出せず消えていった幾千万の歌い手たちからすれば何を寝ぼけたことを!だろう。
さて1977年というとヒットした曲といまだに歌い継がれている曲との解離が激しい年だった。以下にその両者のベストテンを並べて見た。
ヒット曲で10曲中4曲が入っているピンクレディーがカラオケランキングでは1曲も入っていない。逆にベストテン圏外の石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」が堂々の1位だ。これはすごい曲で私も文句ない。2位に河島英五の「酒と泪と男と女」、これはいかにもカラオケ向きで納得いくが歌番組にはほとんど出ていなかったのにいまだに歌い継がれるとは名曲やろね。そしてこの前話題にした高田みづえのデビュー曲「硝子坂」が9位に入っているのは少し驚いた。だってこの時期に出ていた10代アイドル歌手の曲でヒット、カラオケともにランクインしているのは他には今じゃ伝説の歌手山口百恵の「秋桜」しかないんだよ。そして両方ランクインしているのが沢田研二の「勝手にしやがれ」、森田公一の「青春時代」、小林旭の「昔の名前で出ています」の3曲で記録、記憶ともに残るいい曲ということだね。なお、都はるみの「北の宿から」は実は1976年のレコード大賞でヒットしたのは前年故にヒットランキングに出ていないだけだ。

それにしても驚くのは作詞家阿久悠だ。ここに出ているヒット、カラオケの8曲が彼の作品なのだ。ピンクレディーの4曲、「勝手にしやがれ」「津軽海峡・冬景色」「青春時代」「北の宿から」でこの年は彼のピークとも言える年で、Wikipediaによると、「「勝手にしやがれ」が首位を獲得以降、12月5日付首位の「ウォンテッド (指名手配)」まで、25週連続で阿久悠作品が首位を獲得しほぼ半年にわたり首位を取り続けるという前人未到の記録を打ち立てた。またこの年は他に、「北の宿から」、「青春時代」なども首位を獲得。阿久悠作品は年間39週(約9か月)首位を獲得した。」と今では考えられないほどの多作、活躍ぶりだった。作詞家の生涯レコード売り上げランキングではAKBで毎回ミリオンセラーの秋元康がすでに追い抜いてしまったがそれでも阿久悠の業績にはきっと敵わないだろう。ヒットする瞬発力と歌い継がれる永続性、その二つを兼ね備えるというのは並大抵のことではない。こうして振り返れば作詞家阿久悠のすごさ、巨人さが分かる。そこで私が不満に思うのは作曲家や歌手には国民栄誉賞受賞者が何人もいる(古賀政男、服部良一、吉田正、遠藤実、美空ひばり)のに作詞家にはいない。これは片手落ちじゃないか。まあ、どんな賞よりずっと歌い継がれていることの方が作詞家にとってはずっとうれしいことのはず、草葉の陰で俺は咲くしか(作詞家)・・ってことで・・。

2016年6月8日水曜日

夫婦漫才

田舎のトシ登り従兄が胃カメラ大腸内視鏡などの検査を受けに病院にやって来た。実に10年ぶりくらいだ。最近ゲップが出て嘔吐したこともあって心配になったんだという。年齢をみればもう63才になっている。うわ、年取ったもんだ。ってーことは7才下の私も同様だ。付き添いでミキミキ奥さんも来ていた。ううむ、トシ登り兄は以前より痩せて糖尿病のコントロールも良好だというが、奥さんの体格は以前と変わらず立派だった。私のことで当然デジカメ写真も撮ってみると正面とシルエットの幅がいっしょなんだ。笑顔で被写体になってくれ実にいい人柄だ。

検査が終わったトシ登り兄とお互いの不健康さをヤジり合っていた。「タバコをどうしても止めないんでこてる先生から言ってやって下さい」「体重を15kg痩せろって言ってやってくれ」てな感じでこれはいつものこと。聞いていると夫婦漫才みたいだった。

ふう、今日の日記はこれで終わり。見た目は重いのに中味は軽い話だったネ(⌒о⌒)

2016年6月7日火曜日

ちょい古、週刊誌を読む

仕事終わって、人間ドック室に立ち寄り古くなった週刊現代と週刊ポストを計4冊もらって帰った。1、2ヶ月前の雑誌だが結構面白く読める。この二誌は見た目も雑誌方針も硬軟取り混ぜた似たもの同士だ。最終ページ付近は低俗なエロ雑誌と何ら変わりなく開くときに周囲の目をはばかるのも共通だ。

現代4/16号の「小松千春、元アイドルの『危険な情事』」は袋とじになっていたが誰も開けておらず私が丁寧に開けてやった。赤文字で「※大変過激な内容ですので人前での開封にはご注意下さい」と書かれてあったのが効いたな。これを見ればドックに来た利用者もさすがにぐっと堪えるしかないだろう。で、見てみたところ、はあ?だった。どこが過激やねん。全然大したことない。おまけに「新作DVD「あなた許して」は5月7日発売、ホームページはこちら」と宣伝がらみだった。誰が許すかい!生年月日を見れば40才過ぎのオバサンやないかっ。おっと自分が身銭切って買ったわけではないからそこまで怒ることもないか。でもこれにダマされたーと悔しがったサラリーマンは百人や二百人じゃきかないだろうヨ。

笑点の次期司会者が「三遊亭円楽に決まりの理由」として週刊ポストが事情を書いているのは完全に日テレの煙幕に黙されていたなと思わずニヤリだ。ポストのこの担当者は結果にびっくり仰天しネットで反省文を載せていたが関係者が口裏合わせていたので取材をすればするほど引っかかってしまっていた。まあ、だからといって誰も文句は言わないさ。

しかしこっちはそうもいっておれないのが、週刊現代5/21号のコラムで私がふむふむと肯いた青木理(あおき・おさむ)氏の舛添騒動にからむ話しだ。要点は二つ。舛添氏には同情の余地なくマスコミも大いに批判すべきということとマスコミのご都合主義へのチクリだ。氏は10年ほど前、石原慎太郎前々都知事の実態をかなり調べ雑誌にリポートした経緯があり、その危機管理のなさ、公私混同、放蕩ぶりを報告し、それは今の舛添知事以上だったという。しかし今回ほどの反応はなくそれでもしつこくアピールしたが相手が大物で強圧的なメディア対策のせいか「メディアの批判は微温的だった」とのことだ。ご都合主義的なメディアに対ししらけた気分になると漏らしていた。

今はネコも杓子もマスゾエ悪い、辞めろ辞めろの大合唱だ。それは当然とは私も思うが、あまりに一方的なこの流れは大手芸能事務所から出て後ろ盾がなくなったスキャンダル芸能人バッシングとよく似ている。叩けば叩くほど大衆は興味をもってTV見たり週刊誌を買ったりする。でももっとひどいスキャンダルのある芸能人がいてもそれが芸能界のドンがらみの事務所だと全くといっていいほど話題にならない。まあ芸能界だったらそれでもいいだろう。しかし政治家は違うんじゃないか。今回は自民党がすでに舛添知事を見限った故にマスコミも叩き放題になったとみるが、同じ事以上をやっていた石原元知事へのバッシングはしなかった現マスコミには乗せられないぞと私も思ってしまうのだ。

TVと違って週刊誌などは多少のタブーにも挑戦して欲しい。エロも娯楽記事も現代、ポストに比べ格段に少ないのに週刊文春はそれで売り上げを伸ばし一番の販売数だ。雑誌の本質はそこにある、だよ。

2016年6月6日月曜日

「よう、しゃべるもんだ」

1週間後にまた朝礼スピーチの番が回ってくる。まだテーマを決めておらずどうしたものかと逡巡しているとき、いいヒントをムッちゃんNsが与えてくれた。それは「人に注意するとき、その行為に対して注意すべきでその人となりまで注意してはならない」というものだ。例えば遅刻した人に対して「遅刻してはいけない」はいいが「遅刻してだらしないな」はあまりよくない。叱る側からすれば似たようなものかもしれないが受け取る側は違う。前者だと次は遅刻しないようにしようと思うが後者は人格まで注意され傷つくし少しいらっとする。遅刻のことよりもやもやした気分でその日を過ごすことになるだろう。

今日午前は胃カメラ担当ではなかったが「検査が多くて手伝って欲しい」とムッちゃんNsに言われ検査をしていた。その合間にシホねえNsと電カルのことで話をしていたところ、ムッちゃんが「よう、しゃべるもんだ」と胃カメラ台の近くから私に言い放った。要するに「いつまでもしゃべらないでさっさと胃カメラしてよ」と言いたかったのだろう。しかし私はカチンときた。「あんたっておしゃべりね」と言われたわけでむかむかした気分で胃カメラをし始めた。そこでパッと閃いた。そうだ、これを来週のスピーチネタにしよう。人への叱り方には上手い下手がある。その中でも行為と人格をごっちゃにして叱ってしまうのはまずいってことを強調すればいいんだ。

検査が終わるとこのムッちゃん発言を手帳にメモした。さっきまでもやもやしていた気分はこれで消え、スピーチの構想をあれこれ考え始めていたのだった。

2016年6月5日日曜日

榎木クニ氏天寿を全うす

今年はAKBの総選挙はさほど話題にはなっていないようだ。私は毎年恒例で松井珠理奈に1票を投じた。他のヲタと違って必ず1票のみ。ファンである証しの1票だ。

昨日の南日本新聞の死亡広告に俳優の榎木孝明の母榎木クニさんが亡くなったと出ていた。まだ生きてられたのか、97才で「天寿を全うした」とありそれはそうだろう。榎木孝明の母と父の故孝志さんは昨年のNHKの「ファミリーヒストリー」でそのなそれめが紹介されていたのでちょっと感慨深いものがあった。

榎木父は出征先の台湾で結核になり入院先の看護師だった千知岩トミの世話になり、恋仲だった。終戦後、故郷で教員に復職しトミさんとは離ればなれになってしまった。勤め先が確か現日置市だったと思うがそこでトミの姉、クニさんと偶然出会った。すると今度は姉のクニさんと仲良くなったのだ。妹のこともあり結婚に踏み切れない孝志さんにクニさんは結婚の決意の手紙をしたため送る。そこには血判が押されてあるほどだった。(その後妹トミさんは別の人と結婚している)母と叔母の関係を全く知らなかったという榎木は「母があれだけ情熱的な手紙を送ったことも全く知りませんでした。血判まで押したというのは驚きますね。薩摩では女性はあまり男性の前に出られないというか、それをあの時代に自分から血判付きの手紙を送るなんて」と語っていた。二人は32才と26才で結婚した。当時としては相当な晩婚だ。↓はその両親の写真だが父が榎木孝明にそっくりなこと!

番組には母親は出てこなかったのでてっきり亡くなったものと思っていた。いや、実はNHKも勘違いして謝罪をしていた。昨年の記事:「2月20日放送「ファミリーヒストリー」(NHK総合)の内容表記に間違いがあったとして、NHKが公式サイトに謝罪文を掲載した。同サイトによれば、「ファミリーヒストリー 榎木孝明」放送回について、広報原稿に「亡くなった母の代わりに」との誤表記があったという。NHKは「榎木孝明さんのお母様はご健在です。番組の中でもそのように紹介しています」と事実関係を説明した上で、「訂正し、榎木さんはじめ、関係者の皆様にお詫びいたします」とつづっている」

変哲もない死亡広告にも知られざるドラマありってことだ。

2016年6月4日土曜日

釣り鯛、めで鯛、うまか鯛

当直明けで帰る前に患者さんから病院に電話が入った。鯛一郎さんという年輩の患者さんからで私はああと思った。一昨日、鯛一郎さんに「金曜の夜に魚釣りに行きますから釣れたら先生に鯛を持って来ます。だから当直明けで早々帰らないで下さい」と釘を刺されていたからだ。1週間ほど前は釣れなかったがつい最近から釣れ始め「今度はたくさん釣ってきます」と意気込んでいらっしゃった。きっと釣れたんだろう。

8時半に玄関に行くとワゴン車が停まっていて鯛一郎さんは「大漁でしたよ」とにこやかな顔でクーラーボックスを開けた。うわっ、おっきな鯛や他の魚がいっぱいだ。釣り場は坊津の先、秋目沖とのことだ。
「奥さんは魚をさばけますかね。出来なければええコープなどに持っていけば500円くらいでさばいてもらえます。でも私はいつも言うんです、ただなんだからいい練習と思ってさばいてみてって」カールがこんな大きな鯛をさばけるか分からなかったが1匹、それにイサキを4、5匹もらった。で、カールにすぐ電話すると「あら、今からええコープにお魚を買いにいくところだった」と。グッドタイミング。どうやら自分でさばけるそうだ。

で、夕食はさっそく鯛の刺身に煮付けだった。ここで鯛のお頭を写真に撮るのを忘れていた。ほとんど食い尽くしてから気がつき写真に撮った。美味しかったネ。私は刺身よりこっちがいい。
後日、イサキもムニエルにしてもらいこれも美味しかった。

それでカールに頼んでお礼状を描いてもらった。お得意の絵手紙でである。これまた上手くいった。喜んでくれたらなによりだ。
以上、めで鯛エピソードでした。

2016年6月3日金曜日

置き去り事件

北海道で「しつけ」のため置き去りにされその後行方不明になっていた小学生が無事発見されたと聞いて安堵した。自衛隊・駒ヶ岳演習場の廠舎(しょうしゃ)と呼ばれる簡易宿泊施設にたどり着き水とマットレスでしのいでいたとか。いやー、助かって本当に良かった。たかがしつけで我が子を失っては悔やんでも悔やみきれない。

ところでこの事件では周囲がいろいろ話題にしていた。この前のボウリング練習の時もスリウェル君が「あの事件はちょっとおかしくないですか」と言い始め、実の親が怪しいのではと言い出したので私は即座に否定した。最初の通報の「山菜採りではぐれた」が実はしつけだったと変更したのがおかしいと感じたそうだが、私はより真実味が出てあり得ると思った。ましては「親が殺したのでは」は考えられない。殺したのならその前に警察に通報するのがおかしいし、そんな親なら供述に不自然なところがあちこち出て7日間もウソは突き通せるものではない。私は知らなかったがネット上ではスリウェル君と同じように考える人が多かったらしくそんな意見が飛び交っていたという。さらに発見後「実は第三者がかくまっていて云々」とそれでも素直に信じない輩がごにょごにょ噂しているとか。7才の子どもの取る行動は大人が想像するよりもっと突飛なものなんだ。

それに人間は水さえあれば食物がなくても1週間はゆうに生きられる。マットレスもあって寒さをしのげたのも良かった。今回は子どもを屋外で一人にするとたとえ1分でもこんな大げさなことになる可能性があるという教訓が一番だな。5分も置き去りにしたら神隠しにあっても不思議じゃないってことだ。

2016年6月2日木曜日

ドツボの天鳳

(最近夜が起きていられない。昨夜はこてる日記を書いている途中でそのまま椅子寝して午前3時に目が覚めた。ゲンちゃんが早くもエサくれぇ〜と鳴いていたが午前5時来以降が決まりなんで無視し寝床へ、いびきがうるさかったらしい・・。そんなわけで1週間前の日記は簡単に終わります)

昨日は天鳳でひどい目に遭った。私にして珍しく7半荘も打ち続けたのだが、その結果が3位3回、4位4回。一度もプラスになることなく一気に持ちポイントを減らし基準の1000Pも下回ったのだった。
こんなはずじゃない、トップ取るまでもう1半荘とやるだけ沈んでいった。こんな時はさっさと切り上げて別のことをするのがベターなんだが、熱くなってさらに負けをひどくする、いわゆるドツボの展開である。リアル麻雀でこれをやったら・・・まあ、こんな日もあるさ!

↓4巡目で三暗刻聴牌。こんな手が親の私に入り、四暗刻へのわたりもあるのでダマにしていたところ手変わりも上がりもせず、子らはどんどん手を進めリーチ掛けてくる輩もいた。捨牌からみてスジの369萬は捨てられず結局別の子に上がられギャフン。あーあ。



2016年6月1日水曜日

「週刊現代」のいうとおりにしたらぁ〜

週刊現代が「ダマされるな!医者に出されても飲み続けてはいけない薬」と特集をぶった。「高血圧のディオバン、糖尿病のアクトス、コレステロールのクレストール、認知症のアリセプト、脳卒中のプラビックスなど」と副題がついている。

これは刺激的な内容だ。よく出される薬で名前を見た患者の中には「あ、自分も飲んでいる」と思わず「現代」を手に取ってしまうかも。医者側もこれは困ったことになる。「この薬大丈夫ですか?」という質問にいちいち答えねばならない。記事の内容を読めばどの薬にもある副作用を大げさに取り上げ不安をあおり立てているだけ。新たに薬を出すときに私などたいていその副作用についてはすでにしゃべっているのだが。上の薬でディオバン、クレストールは私はよく出す。ディオバンにいたっては例のデータ偽装問題が起きても私自身が9年間飲み続けてさえいる。クレストールは実によく効く薬でコレステロールを下げたいということに同意した患者には必ず筋肉を傷める可能性のあることを伝えている。そもそもコレステロールが高すぎる患者にそれを下げることは心筋梗塞の予防に役立つのはきちんとデータが出ているではないか。

降圧剤もディオバンやブロプレスなどのARB系の新薬より寿命を延ばす効果があるといわれる古いサイアザイド系の薬がいい(という新潟大学名誉教授の岡田正彦氏の)話を載せている。古いが安いため製薬会社は売りたがらずそれに医者が乗っかっているというような書き方だが、サイアザイド系なんて副作用がいろいろあるし効き目は弱いのであんまり使われなくなっている。で、その副作用についてはいっさい誌面ではふれられていないのだ。こうも書いている。「現在、売れているARBが発売される前、高血圧の治療で主に使われていたのはACE阻害薬というタイプの薬だった。しかし、ACE阻害薬の特許切れが近づき、大きな利益が得られなくなった製薬会社は、次のドル箱としてARBを開発し、それが「新しく、安全で、効果が高い薬である」という大キャンペーンを行った。その結果、医療界では、ARBが降圧剤治療のスタンダードとなったのだ」
なんだか医者はダマしやすくバカだといっているみたい。ACE阻害薬は空咳が出やすい、降圧効果がやや弱いという欠点があり(日本で認められている用量が海外に比べ少なすぎるという指摘もあるが)そこをARBは改善した。ARBはサイアザイド系やACE阻害薬に比べ副作用が少なく降圧効果があるというので医者に受けたのだ。医者も患者に実際に使ってみて効果を実感しなければ使わないもので製薬会社が勧めればホイホイ使うわけじゃない。そして値段の高さもディオバンなどはすでに特許期限も切れジェネリック製品が出て安くなっている。私もジェネリックのディオバンを飲んで血圧はだいたい120以下でずっと元気だ。

雑誌はさらに高血圧がよくて低血圧はよくないともとれる医者の意見をこれでもかと書いている。お前こそバカか。高血圧放置で高齢者のみならず中年の脳出血で死ぬ人を何人も救急で診ている私にすれば暴論に近い。高齢者でやたら下げすぎてはいけないケースもありそれをことさら一般化して持論に引き込もうとしている。かつて日本が高血圧大国で外国と比べ脳出血患者が多く死因の1位が脳卒中だったことを忘れているんじゃないか。脳卒中も今でこそ外国並みに脳梗塞が多くなっているが、50年前は「なんで日本は脳出血がそんなに多い?データの間違いではないか」と外国からは疑われるほどだったのだ。食生活の変化、減塩指導や降圧薬のおかげで今じゃ死因の4位でその中でも脳出血はかつて80%を占めていたが今は25%くらい、その代わり脳梗塞が増えた(脳卒中のうち60%を占める)。そして脳出血、脳梗塞ともに最大の危険因子が高血圧だとはっきりデータが出ているのである。

さらにロキソニンもやり玉に上がっている。お決まりの胃潰瘍、胃炎を起こしやすいからだ。まあ私なんかそのせいで緊急内視鏡をやる羽目になっているから飲み過ぎてはいけないのは知っている。だからといってパッと見の読者は「ロキソニン=危険」と判断してしまいがちだ。インフルエンザのタミフルも「1日早く熱を下げるだけ、副作用を考えるとどうしても熱を下げなければいけない時以外は不要」と書いているが、以前医師へのアンケートで「あなたが効果を実感する薬第1位」になったタミフル、最近は他の新薬もあるがインフルエンザのきつさを半日か1日で取ってくれる薬はやはり有り難いのだ。そして副作用は何もないといってもいいくらいで10代への異常行動副作用疑いのことを言っているのだろうがそれすら本当に副作用か疑わしいのにそれに触れず勝手に持論に引き込んでいるだけだ。「え!私の薬、そんなに危ないの?」と思わせるその刺激性が週刊誌の週刊誌たるところなんだが、本来飲まねばならない人に拒否反応を起こしかねずやっかいだ。

17年ほど前、「買ってはいけない」という本が大ベストセラーになった。Wikipediaでは「世間で広く流通している食品、日用品、家電製品など身近な商品を取り上げ、それに含まれる食品添加物その他の化学物質などの毒性や危険性、家電製品の構造・性能上の問題点などを誇張し、企業名と商品名を名指しし「買ってはいけない」としていたことで話題になり、約200万部を売り上げた」とある。この本は後に批判本が多く出るなど問題があり、その後続編もずっと出ているようだが今ではほとんど話題になっていない。この本の論調と今回の「現代」は似ている。その本の冒頭に上げられた製品が潰瘍治療薬の「ガスター」だった。それをみて私はこの本がトンデモ本と分かった。私でも知っている副作用をしつこく指摘し、最後に「あなたはそれでもこの薬を飲みますか」と結んでいたのだ。この薬が潰瘍で苦しむ多くの人を救い胃潰瘍手術患者を年間で何万人も減少させた功績には全く触れず(きっと知らないか無視している)、ただただ滅多にない白血球減少副作用を問題視し「飲むな」と主張する。31年前に発売されたガスター(一般名ファモチジン)は今でもよく使われている。実にいい薬なのだ。

以上だ。理解力のある患者さんはこれらを信じて脳卒中や心筋梗塞になったら週刊現代を訴えよう。